妖、逃げる。



「ああ、残念だ」

夕ご飯を食べ終わり、夏目の部屋に戻って窓の外を見ればあいにく月は雲に隠れてしまっていた。

なかなかに厚い雲なのか、月の光は全く見えず、私は酒を片手に肩を落とした。


「今日は見事な満月のはずだったのにな」

「なに。月がなくても酒を呑むことはできるぞ」

ぽつりと呟けば、ブサ猫は気にした様子もなくのたまう。

「ふん。貴様は風情を感じることも出来ぬのだな」

月より団子な発言に私は鼻を鳴らして馬鹿にする。

「馬鹿者。月なんぞ出るも出ないも運よ。そんなものに振りまわされて落ち込む方が可笑しいのだ」

ブサ猫は目を細めてにやりと笑う。

「大事なのは自分がどう行動するかだ」

そう言って図々しくお猪口を差し出してくるブサ猫に私はしっぺをお見舞いしてやる。

「い、痛いではないか!何をする!」

突然の仕打ちに飛び上がって抗議するブサ猫。

ふん。この私に説教くさく語るからだ。

それと

「まだ夏目が来てないだろう。酒盛りは揃ってから行なうものだ」

そう言ったとき

「李葉、にゃんこ先生、待たせた。塔子さんからお団子もらってきたんだ」

ガラっと襖を開けて夏目が入ってきた。

「おお!団子か!」

それを聞いて、キランッと目を輝かせるブサ猫。

「にゃんこ先生は少しにしろよ。太るぞ」

そう言って窓辺にコトン、と皿を置いた夏目は窓から外を見て残念そうにため息をついた。

「雲で月が見えないな。せっかくの月見なのにな」

「まったくだ」

私も同意して頷く。

「愚か者どもめ。落ち込んでいてはせっかくの酒が不味くなる。それならば私が全部呑んでやるぞ」

その声に、ふとブサ猫を見ると、なんとこいつ勝手に私の酒をあけていた。

「な、なぜ貴様が最初に呑んでおるのだ!それは私の酒だ!」

慌てて取り返して怒鳴るが、ブサ猫はすでに千年酒に酔って気持ちよさそうに顔を赤くさせていたのだった。







「むぅ。こやつ、少し目を離していたすきに半分以上も呑みやがったぞ」

取り返した酒瓶を揺らして眉を寄せるが、夏目が笑う。


「先生は飲兵衛だからな。半分残っていて良かったじゃないか」

「なんと!夏目はこのブサ猫に甘すぎるぞ。ペットはきちんと躾けろ」

文句を言いながらも、夏目と自分の器に酒を注ぐ。

「少しでいいからな」

夏目が苦笑しながら言うから、自分に多めに注いで、いざ呑もうとしたとき


「うわぁあ!」

夏目が突然叫んで飛び退いた反動で私の手から酒がこぼれた。

「わわっ!夏目!何をする!」

驚いて叫ぶと、夏目がごめん、と謝る。

「だけど、あれ…」

夏目が顔を青くして窓の方を指さすので顔をそちらに向ければ、そこには所狭しとびっしりと詰め寄る数多の妖がいた。

「な、なんだ、貴様ら!」

そのあまりの多さに私までも思わずびっくりして口をあける。

すると、顔が赤いブサ猫が説明する。

「恐らく、千年酒の匂いにつられたのだろうな。千年酒の香りは五里先までもの妖を惹きつけるほどだと言われておるからな」

目を細めて解説するブサ猫の言葉に夏目がブッと吹く。


「何だって!?それじゃあ、うちに妖達が集まって来るってことか!?」

夏目の顔がさらに青くなっていくそばから、妖達が部屋に入って来る。


「ああ、良い香りだ」

「ぜひ私にもその酒を恵んでください」

「私にもぜひ」


次々に伸びてくる手から私は必死に酒を死守する。

「ええい!低級どもが!これは貴様らなんぞにやれるもんではないぞ!」

しかし、部屋の中では些か分が悪い。

私は夏目の腕をガッと掴む。

「えっ?」

夏目が驚いたように見てくるが、私は関係なしに片手に酒を、片手に夏目を掴んで窓から飛び降りた。


「夏目、逃げるぞ。これではゆっくりと呑めん」


これは、ずっと呑みたかった念願の酒なのだ。
こいつらに邪魔されてなるものか。

呆然とする夏目を引きずって私は夜の原っぱを駆け抜けたのだった。




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