むっつ


「餓狼!」

現れた竜二が“人間”のリクオくんに攻撃をしかける。

「お兄ちゃん!?」

慌ててゆらちゃんとリクオくんが避けるが、そんなゆらちゃんの頭に竜二が手を置く。

何事か囁いてるようだけど、ここからじゃ聞こえない。

でも、今ゆらちゃんは揺れているはずだ。


「そいつ…妖怪だぜ」


その一言だけは、ここにまで届いた。



「絶対“悪”は滅するのみだ」

竜二の容赦のない攻撃が再びリクオくんを襲う。

それを庇うゆらちゃん。

未だ彼女の中では揺れている。

白か黒か。

善か悪か。

だけど、黒であることが必ずしも悪にならないことを彼女は知らなくちゃいけない。

自分の中の定義を壊すことはとても難しく、そして時間がかかる。

だけど、それが出来たとき、人はもう一度生まれるのだと私は思う。
より大きな器を持って。

そんな人物にゆらちゃんにはなって欲しい。









「水姫」

呼ばれて私は我に返る。

振り向くと、相変わらずの仏頂面の獏が佇んでいた。

「俺は使い走りではない」

むすっとした声に私は苦笑する。

「あはは、ごめん。でも、どうせならあなたもここにいた方が良いと思って」

その言葉に獏は肩をすくめて衣面をぽいっと投げた。

それを受け取って、私は思い出したように獏に言う。

「そうそう。もしかしたら百鬼夜行に出会うかもしれない。元の姿に戻れる?」

「元の姿?」

獏がぴくっと肩を揺らす。

「人型でなく?」

その言葉に私はわくわくしながら頷く。

「そう!本当の姿!だって、あなたがそのまま出てったらばれちゃうでしょ?」

その言葉に、ため息をついて獏は首を振る。

「…。笑うなよ」

そう言って目を閉じた彼の姿がみるみる変化していく。

二足歩行だった手足が四足歩行に。

髪がそのまま背中のほうまで伸びてたてがみに。

目が人のものでなく、獣のような瞳に。

そして、私の前に現れたのは―…


「…鱗の生えた、虎?」

うん。そう。

それが一番しっくりくる。

耳の生えた少し丸みを帯びた顔は虎そのもの。
しなやかそうな体も、ネコ科独特のもの。

だけど、その背にはたてがみをなびかせ、体は鱗で覆われていた。

「…。なんか、変わってるね」

呟くと、怒ったように獏が言う。

「だから言っただろう。俺もあんまり自分の姿は好きじゃないんだよ」

その言葉に私は首を振る。

「ううん。そうじゃなくて。変わってるけど、綺麗…」

「綺麗?」

怪訝そうな獏に私は笑う。

「母様から教わってたのとは全然違う。すごく、綺麗な姿。ねぇ、そのたてがみ触ってもいい?」

聞けば、沈黙が帰って来る。

「獏?」

首を傾げて呼ぶと、ようやく獏が我に返ったように顔をあげる。

「…すまない。話を聞いていなかった」

「?」

様子のおかしい獏に私はどうしたのか尋ねようとしたが、そのとき


―ガン!!


「!ゆらちゃん」

激しい音がして、ゆらちゃんが竜二に叩きのめされたのが分かった。

あぁあ、だから手加減しろって言ったのに。

竜二、ゆらちゃんからは見えないだろうけどかなり楽しそうに笑ってるよ。

妹好きなのもいいけど、それはやりすぎだってば。


「“言言”走れ」


竜二の言葉でゆらちゃんの体から水が溢れる。

ああ、もう!見てられないって!

「行くよ、獏」






ぐんっと指を動かし、式を暴れさせようとした竜二の手を背後からぱしっと掴む。

「!?」

気配のない背後からの突然の介入に竜二と魔魅流は驚いたように振り返る。

「竜二、やりすぎ」

呆れたように衣面を被った私が言うと、竜二が顔をしかめる。

「…ちっ、てめえか。今は関係ねぇだろ。引っ込んでろ」

邪険な言葉に私は肩をすくめてささやく。

「言ったでしょ。彼女は私のクラスメート…友達なの。大切な人を傷つかされて黙っているほど、私は温厚じゃないわ」

その言葉に、一瞬気圧されたように一歩下がった竜二だが、はっと鼻で笑う。

「いいか。これは教育だ。あんな妖怪小僧に騙される妹がこれから先の戦いで生き残れると思うか?これも一つの愛の形なのだよ」

そう言って竜二は、倒れているゆらちゃんをぐいっと引っ張る。

私はため息をついて見守る。

「どうだ、ゆら。言言は苦しいだろう?今なら、まだ許してやるぞ。そのまま死にたくなければ戻ってこい!!」






一瞬の空白のあとに、ざざっと地面をすべる音が聞こえた。

竜二の後ろにはゆらちゃんを抱えたリクオくん…いや、リクオ。

「花開院さん…、悪い…。我慢できない」

リクオの背にばさりと黒い羽織が舞う。

「陰陽師だか花開院だか知らねぇが仲間に手を出す奴ぁ…許しちゃおけねぇ!!」


半月が、夜空を照らしていた。




[ 86/193 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -