いつつ
「信じられない?」
黙ったままの獏に私は苦笑する。
「まぁ、そうね。私だって信じられなかった。だから誰にも今まで話したことがなかったの」
「…」
しばらく考えるように目をつむっていた獏が私の言葉にゆっくり顔をあげる。
「その書物は、誰について書かれていたものだったんだ?」
まっすぐ見つめる獏の瞳に確信めいたものが見えて、私はうっすらと笑って見せる。
「…あなたの考えている人に間違いないわ。…奴良組若頭、奴良リクオ。彼の成長記…みたいなものね。私は途中までしか知らないのだけど。でも、それを読んで彼に興味を持ってしまった。だからここへ来たの。彼の物語を自分の目で見守るために」
私は手のひらをぎゅっと握りしめる。
「そうしたらいつのまにか私は、彼らが、この世界を紡ぐ彼らがどうしようもなく愛おしく、守りたいと思う様になってしまったの。だけどもうすぐ私の知っている分の物語が終わる。これから先、今までのように先手を打って彼らを助けることが出来なくなる。私はそれがとても怖かったの」
私の言葉に、獏はふうっとため息をついた。
「なるほど。ようやく全てが繋がった。あんたがあいつに執着する理由も、ここ数日思いつめていた原因も」
獏はそう言って私の頬をつねる。
「い、いひゃい…」
突然の行動にびっくりした私がそう言うと、獏が手を離してくしゃり、と髪をかき混ぜる。
「馬鹿だな。さっさと誰かに相談してりゃあ良かったものを。一人で抱え込むから悩むんだ」
「獏…」
その言葉に驚いて獏を見ると、彼は立ちあがる。
「誰にも話さなかったことを俺に話してくれた。それだけでも神使にとっての誇りだ。その信頼に俺は応えよう。まだ、認めたわけではないがお前の神使でいる間、決してお前を裏切らない、忠実な僕であることを誓う」
そう言い放ち、くるりと背をむけて襖に手をかけた獏に、一瞬ぽかんとしてから私は慌ててその背に声をかける。
「ま、待って、獏」
振りかえらない彼に私は言葉を紡ぐ。
「ありがとう。信じてくれて。それから…」
私は私は少し笑う。
「獏は、僕じゃないよ。黒馬や白馬のことをそう思っているように、獏も私の、家族だと思ってるから」
そう言うと、獏は少し呆れたように振り向いてから肩をすくめて襖を開けた。
「家族、ね。もう何百年も夢を求めて世界を回ったが…。そんなこと言われたのは初めてだ」
そう言って彼はちょっとだけ笑った。
「でも、悪くないな」
ぱたん、と襖の閉じる音に紛れてそんな呟きが小さく聞こえた。
カァカァ、と鴉の声が妙に寂しく思う夕暮れ時。
「ゆーらちゃ…」
声をかけようとして、私ははっと口をつぐむ。
いつも通っているゆらちゃんの修行場所である廃墟に、二人の人影。
一人はゆらちゃん。
…もう一人は―リクオくん。
そうか。今日なのか。
竜二達とリクオくんが会うのは。
私は、すっと手を宙にかざして水の塊を浮かべてそれに息を吹きかける。
すると、水の塊は形を鳥の姿に変えた。
「獏のところへ行って、衣面を取って来てくれるように伝えて」
水の鳥にそう言うと、それは頷くように2、3回はばたいてから空高く飛んでいった。
さて。
竜二と魔魅流とゆらちゃんとリクオくん。
そして、やがて来るだろう百鬼夜行。
何とも豪華な役者たちの中で私はどう立ち回ろうか。
…といっても、衣面がなけりゃリクオくんの前に出ること出来ないし。
しばらく竜二とリクオくんの戦いを陰から観戦することにするか。
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