よっつ



「世話になった」

鳥居をくぐる竜二に、私は苦笑する。

「別にうちに泊まってってもいいのに」

そう言った私に竜二がニヒルに笑って見せる。

「俺達は陰陽師だ。夜の活動の方が主なんでな。この街には妖怪がうじゃうじゃいやがるから、ゆらを探しついでに魔魅流に学ばせるいい機会だ」

その言葉に、ああ、そういえば青と黒の偽者が退治されるんだったか、と思いだして思わず苦笑する。

「ほどほどにしてあげてね」

そう言えば、竜二がぴくり、と反応する。

「ほどほど…ねぇ。それは夜の神として、か?それとも妖怪の肩を持ってんのか?」

「んー?難しいこと言うね。まぁ、今の言葉は妖怪の肩を持っていった言葉、かな」

「ほう…?」

私の言葉に口の端を下げた竜二に私は笑う。

「貴方達は白や黒やと決めつけるけどね、言わせてもらえば、神にとっては全てが美しくて、良くて、正しい。ただ人間が、あるものは正しく、あるものは正しくないと思ってるだけなのよ」

私は目を細めて竜二を見る。

「闇も光も黒も白も妖怪も人も皆、等しく愛おしく想う。それが夜を護る私の義務であり、責任なんだと思うんだ」

それはこの先の未来が分からないからこその私の結論だった。

どちらかに偏れば、きっと未来は私の方へ動いてしまう。

闇を望む羽衣狐も、光を求める陰陽師も、共存を探る奴良リクオも、皆慈しみたい。

助けられる命があるなら助けよう。

悲しみがあるなら和らげよう。

私は彼らが紡ぐこの世界を愛してしまったから。








「水姫」

珍しく獏から名前を呼ばれて私は振り向く。

「どしたの?獏」

獏は普段、寝間着に着替えた私の部屋に来ることはなかったので驚いて問いかけると、獏は真面目な顔で私を見た。

「なんで、嘘をついた?」

「え?」

問われている意味が分からず、首を傾げると獏はため息をついた。


「…あの陰陽師に言ってただろう。未来が見える、と。神は万能ではない。天災などの予知は出来れども未来など、見えない」

「獏…」


困ったように名前を呼ぶと、獏はふっと気を緩める。

「別に言いたくなければ良い。俺はあんたの神使だ。どんな秘め事があろうと主のことを信ずる。ただ、一人で何かを背負っているならそれを一緒に背負うのも神使の役目だ」

そう言って、獏はほんの少しだけ笑みを見せた。

「ここ最近、思いつめていただろう。それが、あいつらに言っていたことに関係があるのかと思ってな。それだけだ。寝所に失礼した」

「待って」

くるりと踵を返す獏を引きとめて私は柔らかに笑む。

「少し、話をしようか。世界の理を超えた不思議な話を」








「私は、一度生と死を経験した。それは過去でも未来でもなく。この世界の理から外れた場所」

眉をひそめて首を傾げる獏に、少し笑う。

「貴方にとっては仏教に例えた方が分かりやすいかしら。生命が何度も生まれ変わり転生する、輪廻図があるとして、この輪廻図が実は幾つもあるとしよう。この世界も一つの輪廻図で出来ているのだけど、私は他の輪廻図からこちらの輪廻図へ迷い込んでしまったの」

私は木霊達が敷いてくれた布団の上に二つの円を描いて見せる。

「違う世界に紛れ込んでしまったことに普通は気付かないでしょうね。私が特殊だったのは幸か不幸か前世の記憶を持ったまま転生してしまったこと。そして、この世界の物語を前世に書物で読んだことがあったってことね」


顔をあげれば、目を見開いた獏と目があったのだった。




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