みっつ
「夜、護淤加美…?」
驚きから立ち直った竜二の言葉に私は頷く。
「そう。陽を侵す陰と、陰を脅かす陽の仲裁役…みたいなものかしら?」
その言葉に竜二は眉間にしわを寄せる。
「自慢じゃねェが、俺は相当知識を持っている…が、夜護淤加美なんて神の名前は聞いたことがないな」
その言葉に、私は笑う。
「そりゃそうよ。だって、今言ったじゃない。生まれて間もないって。人も妖怪も世代交代するのに、神はしないとでも?」
「…」
しばし、沈黙が降りてから、竜二がふっと気を緩める。
「…確かに。どうやら信じた方がよさそうだ。夜護淤加美神、今までの非礼の数々お許しを」
その言葉に、私は顔をしかめる。
「その堅苦しいのやめてくれない?それから、私はある事情で人の子に混じって生活しているから水姫と呼んでくれるかしら」
「…」
少しこちらを探るように見た後に、竜二が呆れたように首を振る。
「神との付き合いってのはもっと格式ばったもんだと教えられたがな。まぁ、俺としちゃこっちの方が有難い、か」
「そうね。礼儀にうるさい神様もいるから気をつけた方がいいかもね。それじゃ、とりあえず座ってくれるかしら?いろいろと話すことがあるから」
木霊が持ってきた座布団を受け取って、ようやく私は上座に腰を降ろしたのだった。
「さて。本題ね。今現在、“人間”において、私の存在を知っている者は貴方達しかいないわ。その上で話をするのだけれど、貴方達がここに来た理由。それは羽衣狐を倒すためにここ、浮世絵町で修行している花開院ゆらを呼び戻すこと。違う?」
私の言葉に、竜二は顔をしかめる。
「神ってのはなんでもお見通しか。…間違いない」
そう、と私は頷く。
「ならば、今破られた慶長の封印は二つ。それも間違いない?」
尋ねれば、黙って頷かれる。
よかった。ここで原作とのずれは生じていないみたいだ。
「そして、貴方達陰陽師は封印を護り、羽衣狐率いる京妖怪を倒そうとしている。…だけど」
私は小さく息を吐く。
「その戦い、犠牲は大きい。悲惨な戦いになることが、私には見えている」
まっすぐ竜二を見つめて言った。
本来なら、未来のことを教えるなんて行為はしてはいけないと思っている。
神の力でなく、原作を知っている身だからこそのけじめだと、今までこのことだけは誰にも言わずにやってきた。
けど。
どうしようもない事実が今、私に迫っていた。
「そんなことぐらい分かってる。皆、覚悟の上で戦いに臨むつもりだ」
私の言葉に竜二は口を歪める。
「そう。…そう、ね。だけど、私の見える未来は、私が“いない”未来。そして、ひどく中途半端な未来。私が入ることによってどう転ぶのかもわからない」
私の言葉に、竜二が首を傾げる。
「私には、この戦いの結末が分からないの」
そう。私が前世に持っている記憶はひどく中途半端。
もうすぐ、知っている未来が終わりを告げる。
崖のように、道が途切れて、知らない未来が黒い口を開けて私を待っている。
ここから先、私はどう動けばいいの。
それとももう動かない方が良いのだろうか。
私が動いた結果、良くなったのか悪くなったのか、それさえも分からない。
―…恐ろしい。
そのとき
「そんなもん、分かられてたまるか」
竜二の声が、聞こえた。
「見える?俺達の運命が決定されてるとでも言いたいのか?神のてのひらで俺達が踊らされるなんてまっぴら御免だ」
竜二の言葉に、獏がぴくりと反応するが、それを抑えて私は竜二の言葉の続きを待つ。
「俺の運命は俺が決める。知ってるやら知らないやら関係ないんだよ。俺は好きなようにやらせてもらう」
「…、それは、神も同じ、なのかしら」
私の言葉を竜二はせせら笑う。
「知るか。自分のことは自分で決めろ」
「っ…、はは、手厳しい」
私は笑った。
竜二の言葉に、悩んでいた自分が笑えた。
私も、もはや傍観者ではないのだ。
知っている世界を傍観してきて、何を思った。
誰を護りたいと思った。
誰に見守ると誓った。
世界はとっくに私を飲み込んでいた。
手探りの未来に覚悟をしていなかったのは私だけ。
竜二の言葉に、物語の一員として未来を紡いでいく覚悟を後押ししてもらえた気がしたのだった。
「そうだ。あと、もうひとつ。妹が可愛いからっていじめすぎちゃ駄目だよ」
その言葉に、明らかに竜二が嫌そうに口を歪める。
「神ってのはそんなとこまでもお節介なのか?」
「違うよ」
私は笑う。
「ゆらちゃんは私のクラスメートで、守りたい人の一人だからさ。手加減してあげてね、お兄ちゃん」
横目に顔をひきつらせた竜二を見ながら、私は席を立ったのだった。
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