ひとつ


「やほー、ゆらちゃーん。今日は幸福饅頭だよー」


ひょいっと廃墟になった瓦礫の陰から手を振ると、目隠しをして修行していたゆらちゃんが振り返る。

「その声は…、水姫さん?また来たん?」

「当然でしょー。全く良い年ごろの女の子がこんなに汚れちゃって…。もう」

ぱたぱたとゆらちゃんの服をはたけば、目隠しを取ったゆらちゃんが複雑そうな顔をする。

「あかん…。私はこのままじゃ、あかん」


悔しそうに手を握りしめるゆらちゃんを横目で見ながら私はふうっと息をついた。






邪魅退治が終わってこっちに戻ってきてから当然、顔を出さないゆらちゃんのことは清十字団の中でも話題になっていた。

皆がゆらちゃんを本格的に探し始めるちょっと前から私はゆらちゃんを見つけて、修行場所に通って差し入れをしていたのだ。




「ねぇ、ゆらちゃん」

声をかけると、幸福饅頭を口いっぱいに含んだゆらちゃんが私を見る。

「恋、とかさ。ふつーの女子中学生みたいなこと、したくないの?」

「…」

…。どうやらゆらちゃんは幸福饅頭を食べることに精いっぱいで私の質問に答える余裕はなさそうだ。

ま、いっか。と私は瓦礫に座って空を見上げる。

見上げた空は夕焼け色に綺麗に染まっていて、沈みかけた太陽が街の向こうでゆらり、と揺れていた。

その光景に私はこの前の邪魅退治のときに見た、炎の中で笑うリクオの瞳を思い出した。


「…私は、あいつを…倒さなあかんねん」


ふと、まるで私の心を呼んだかのような呟きが聞こえて私はゆらちゃんを見る。

幸福饅頭を食べ終わったのか、口の端にあんこをつけたゆらちゃんは拳を握りしめていた。

「人間を、妖怪から守る…。それが私の使命や。恋をしとる暇があったら修行せな」

「…」

陰陽師。
その中でも才能を持って生まれた、“普通の女の子”。

「なんでだろうね」

私は少し笑う。

「皆を守る。ゆらちゃんと想いは同じはずなのに。なんで、ゆらちゃんの言葉がこんなに、寂しく思っちゃうんだろう」

「…?水姫さん?」


中学生。

普通に勉強して、普通に友達と遊んで、普通に恋してた。

かすれつつある前世の記憶の中学生の私。

修行のために転校して、一人で修行して。

そんなこと、考えられなかった。


「ゆらちゃん、さ。人間を守る、って自分のこともちゃんと入ってる?」

首を傾げるゆらちゃんの目をじっと見つめる。

「何でや。私は力ある者。力ないん人間を助けるんが私の使命や。妖怪と戦うんに死ぬことを、畏れちゃ…あかん」

ぎりっと一層強くゆらちゃんは拳を握りしめる。

「妖怪に、助けられるなんて…!私は、まだまだ弱い…!強くならな!」

きっと玉章の凶刃から、リクオに助けられたことを言ってるのだろう。

「妖怪って絶対に悪?人間と共存することって出来ない?」

私の言葉に、迷う様にゆらちゃんの瞳が揺らぐ。

それを見て、私は強く握られたゆらちゃんの手をそっとほぐす。

「私はね、妖怪だろうが、人間だろうが、守りたい存在は守るよ。ゆらちゃんが守りたい人間の中に、ゆらちゃん自身が入ってないなら…私が、守るよ」

「な、何を言うとねん…。水姫さんは、人間、やろ。私が守らな…」

戸惑った声をあげるゆらちゃんに私は微笑む。


「もし、私が人間じゃなかったらどうする?」


「…えっ?」


「でも、妖怪でもない。そんな存在ってあなた達陰陽師から見たら何色なのかな」


「水姫、さん…?」

明らかに動揺したようなゆらちゃんの髪をくしゃっとかき混ぜて私は笑いを漏らす。

「ごめん。今のは忘れて良いよ。私はもう行くね」

そう言って背中を向けた私に、ゆらちゃんが叫ぶ。

「ま、待ってぇ!人間でも、妖怪でもない存在…!もし、いるんならそいつは…、その存在はどっちの味方なんや!?」

その言葉に振り返って、私は唇に人差し指をあてて笑む。


「それは、人間でも妖怪でもある存在と同じ考えを持っているんじゃないかな?あとは自分で考えな。私からの宿題」

そう言って、私はひらひらと手を振った。

全ての神がそう思っているんじゃないことくらい、私は知ってる。

でも、少なくとも一柱の神である“私”は人間でも妖怪でもある、リクオ。貴方と同じ考えを持ってると、私は思うよ。








「遅い」

「ご、ごめん」

ゆらちゃんの居た廃墟は少し街から遠い場所にあったため、浮世絵町の繁華街に戻って来る頃にはすっかり暗くなっていた。

そんな私を繁華街の入り口で待っていたのは獏だった。

「そんな、わざわざ来なくても家で待ってればいいのに」

少し口を尖らせた私に、獏はふんっと鼻を鳴らす。

「俺だって神使じゃなければ誰がこんなところまで迎えに来るか。いいか。神使にとって最も屈辱なことは自分の主が傷つくことなんだ。俺に恥をかかせたくなければ、せめてこんな時間にこんな場所をぶらつくな」

「はいはい」

なるほどね。
道理で神使って皆過保護なんだ。

ぐだぐだ言っている獏の言葉をぼんやりと聞き流しながら歩いていると、突然後ろで呟きが聞こえた。


「…妙だな。あいつら」


次に、声をかけられる。


「おい。おぬしら、もしや人間ではないのでは…?」



ま・さ・か。

聞き覚えのある声に、私は絶対に振り返らずに逃げることにしようと決めたのだった。



(あ、こら、バカ獏!振り返るんじゃない!!)

(僅か一秒でその決心は無駄になった)


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