やっつ
「お〜い!水姫さん達や〜い!」
そう大きく手を振った清継くんの背中を巻ちゃんがどつく。
「あ、バカ!せっかく良さそうな雰囲気だったのに!」
まだ、恋仲と疑われていたのか。
巻ちゃんの声に私は苦笑しながら手を振り返す。
「勝手にはぐれてごめんね。そっちは何か収穫あった?」
聞くと、ぞろぞろと皆が坂を降りてくる。
「う〜ん。それがさぁ〜…」
言いかけた鳥居さんの言葉が途切れる。
「?」
ぽかんとした様子の鳥居さんと同じく巻ちゃん。
あ、よく見れば二人とも水着だ。
かわいいなー。
…。
って、そうか!
確か清継くんが皆の空気変えるために海に行こう、とか提案したんだっけ。
そんな清継くんも頭を抱えて叫ぶ。
「しまった…!まさかこの町がカニの産地で有名だったなんて!!知らなかった〜〜〜〜〜!!」
そう叫んで、鳥居さんと巻ちゃんに絞められる清継くん。
う〜ん。やはり彼は天然な天パだなぁ。
微笑ましい。
そんなことを考えて少し笑ったら、同時に品子ちゃんも笑ってて、お互い顔を見合わせる。
「楽し?」
にこっと笑って言えば、品子ちゃんはこくんと頷く。
「…私、まだ入ったばかりなんだけど、いつもさ、この子達、こんな調子みたいで。皆で馬鹿して笑って。あまりに居心地が良いから手放したくなくなるんだ」
私の言葉に、品子ちゃんはちょっと首を傾げる。
「んー…、要するに、“守りたい”んだ。勿論、品子ちゃんも含めてね」
「えっ…!」
その言葉に品子ちゃんが驚いたように声をあげる。
「あれ、意外?」
その反応を見て私は目を丸くする。
「言っとくけど、品子ちゃんを守りたいって思ってるのは私だけじゃないからね。少なくとも、ここにいる清十字団の皆はそう思ってるよ」
「…!」
品子ちゃんが目を見開く。
その目に涙がたまっていて、私は頬を掻きながら苦笑する。
「やだなぁ、私が泣かせたみたいじゃん。…言いたいことがあるなら言ってきなよ」
ぽんっと背中を押した私に、頷いた品子ちゃんが皆にお礼を言いに行ったのだった。
『“守りたい”んだ』そう言ったひどく暖かい声が何故か自分の耳に残った。
誰だっけ。
同じように、自分も誰かにそう言われた気がする。
とても暖かく、『守る』って。
その言葉と声を自分はひどく愛おしく思った。
そう言ってくれたその人を、自分は守りたい、と思った。
これは…“ボク”の感情?
それとも、“オレ”の…
あぁ、そうか。
“ボク達”が感じたことだったね。
だから、はやく見つけたいって、こんなに心が逸るんだ。
リクオが自分をぼうっと見つめていることに首を傾げて声をかけようとしたとき
「ハセベさん!あいつらです!」
つい先程聞いた濁声が聞こえて、私は呆れたようにため息をつく。
「獏、もう暴れないでね」
一応忠告しながら声の方に顔を向ける。
そこには思った通りさっきのチンピラが数を増やしてそこにいた。
ああ、そうだ。
『ハセベ』ってどっかで聞いたような気がしたんだけど、ここらのチンピラの頭か。
…リクオくんに怖がらされた。
「お。なんだ。“あいつ”もいんじゃねぇか〜」
そう言ってチンピラ共がにやにやしながらこちらに近づいてくる。
「おいおい〜〜、バケモン憑きのその娘にゃ、関わんねーほうがいいぜ…?」
「あっ!」
ハハハ、と笑ったチンピラに反応したのは品子ちゃんだった。
そんな品子ちゃんにハセベが近づく。
「菅沼のおじょ〜〜さん、ここにいたのかい?家に誰もいないからさがしたぞ」
「ひひひ。やばいことになっちゃう前に、早く出た方がいいぜぇ〜〜!?」
そう言いながらさらに近づいてきた時。
「ん?」
ハセベがリクオくんを見た瞬間、げっと声をあげて踵を返す。
「ど…どーしたんすか、ハセベさん!?」
「うるせえ!!今日のところはこれで帰るぞ!!…くそっ…、なんであいつがいるんだ!?」
突然逃げ始めたハセベに驚く取り巻き達に、ハセベはそう怒鳴った。
いやはや、リクオくん効果は絶大ですな。
とりあえず、頭のハセベを追いかけて皆去っていくのだが、その中でさっき私に絡んできたチンピラが私を振り返って捨て台詞を残していく。
「てめえは絶対に仕返ししてやるからなぁあ!覚えてやがれ〜〜!」
…。
それって、獏がやったことで、私は何もしてなくね?
それとも連帯責任って奴か?
うーん、と残された台詞に悩んでいた私の肩をぽんっと叩いたのは、春奈。
「なぁにやってんの?水姫。また置いてかれるよ?全く、水姫ったら頼りになりそうで肝心な時に抜けてたりするんだから」
「あれ。なんか春奈ちゃん、私に厳しくない?」
呆れたような春奈の言葉に苦笑すると、春奈が振り返って言う。
「さっき勝手にいなくなっちゃったから。いくら二人っきりになりたいからって私にぐらい言ってくれてもいいのに」
ぷいっと拗ねたように言う春奈の言葉に私は頭を掻く。
「だから、違うってば…」
疲れたように言う私を見て、春奈がぷっと吹き出したのを見て、私は理解する。
「もう、春奈ってば…。分かってんならからかわないでよ…」
この春奈の顔は分かってて言ってる顔だ。
「冗談だよー。早く行こっ、水姫」
「あっ…」
春奈の手に引かれて私は転びそうになりながら慌てて皆を追いかける。
何故か、いつのまにか離れていた皆の背中が夏の日差しに、すごく眩しく映ったのだった。
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