いつつ



徐々に自分を囲む光が薄れていくのを感じて、私はうっすらと目を開けた。

あぁ。懐かしい。
久しぶりの手足の感覚に思わず笑みが浮かぶ。


「母様!水姫は…ちゃんと人に変化できてますか?」

くるりと振り向いてすぐに母のもとへ駆け寄る。

「ああ。想像していたよりずっと美しい姿じゃ」

母は柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。


流れるような漆黒の長い髪に対照的な白い肌。
流水の文様の入った着物を着た水姫はその場にいる精霊達を魅了するには十分な美しさだった。


「やはり人型も美しいのう」

川から現れた河伯は長い白い髭を撫でながら目を細めた。

その言葉に、当然だ、と白馬と黒馬が同時に答える。



私が“生まれ”て丁度10年。
私は人に変化出来るようになりました。








「どれ、水姫や。母の傍で少し話をせぬか?」

酒を瓶ごと豪快に飲みながら母が私を招く。

私は、人型で精霊達の間を回っていたが、母の言葉に喜んで頷く。

タタタッと走って母のもとへ行くと、母は愉快そうに笑って私を抱きしめてくれた。

「さて。水姫に今までもたくさんの話をしてきたが、今宵はとっておきの話をしてやろうかえ」

母の言葉に私は顔を輝かせる。
今までも、この貴船山で起こった面白い出来事をたくさん聞いてきたのだ。
それよりもとっておきなお話って…!

わくわくしながら耳を傾ける私を見ながら母は目を細める。

「あれは、丁度水姫を身ごもった後…400年前のことじゃったな」

私は目を輝かせて母様の話に聞きいる。

「当時、京は豊臣方と徳川方による争いが始まろうとしておった。物騒な世の荒れは妖達の活動を活発にしての。生き肝信仰等といった馬鹿げた話が妖怪どもの間で流行っておった」

生き肝信仰、か…。物騒な話だなぁ。

「そして、生き肝信仰の大元はなんと、京の豊臣方を表舞台から牛耳る淀殿だった。淀殿はな、京の大妖怪“羽衣狐”だったのじゃ」

ん?

淀殿…

羽衣狐…

どこかで、聞いたことが…。

あ、れ。これってもしかして。

驚きで思わず固唾をのんだ私を見て、勘違いしたのか母は優しく頭を撫でてくれた。

「なに。そんな恐ろしい話ではないぞ。なにやら羽衣狐は生き肝を喰ろうて妖力を溜めておったのだがな、その企みは意外な展開を見せたのじゃ。
丁度、時を同じくして関東妖怪のヤクザ者の大将ぬらりひょんとかいう奴が京に百鬼を引き連れてやってきての」


ぬらりひょん…!

前世の私の記憶が鮮やかによみがえった。

もし、これから話される物語が私の記憶と間違いがなければ…

「そのぬらりひょんとかいう妙な妖、なんと京一と謳われた美女、珱姫に惚れ込みおったのよ。妖のくせにな。やがて、珱姫の生き肝も羽衣狐に狙われ、姫は豊臣の城に連れ去られてしまった。そいたらどうしたと思う?なんと、ぬらりひょん、百鬼を連れて殴りこみよったのよ」

ハッハッハッと豪快に笑う母の横で、私は思わず固まってしまった。

同じ。全く同じ話だ。
ここは、前世で読んだ、あの話の、世界?
混乱する私には気づかず、母の話は続く。

「我も近くでその戦を見たかったものよ。身ごもってさえいなければ京に降りて傍観したのじゃがな。まぁ、神が妖同士の争いごとに首を突っ込むのはあまり良く見られんからのう。近くで見れたとしても大したことはせんかったろうが…。

まぁ、誰もが勝者は羽衣狐と思って違わなかった。しかし、最終的に勝利を手にしたのはなんとぬらりひょんだった。
あぁ、面白かった。この貴船からも見ていたのじゃが、押しも押されぬ非常に見応えのある戦いじゃった。最後は開花院家の助けも借りておったがの。大した妖よ、ぬらりひょんは」

もう一瓶、母はごくりと酒を飲み干し、豪快に笑った。


「いつか、会ってみたいものよ。百鬼夜行の主、ぬらりひょんにのう」


疑惑が確信に変わった。




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