とお
「水姫よ」
呼ばれて、はい、と返事をする。
「お前は先日神名をもらったな?」
「…はい」
「お前は夜護淤加美神という立派な神だ。大いなる存在だ。…そうすると、そいつが最初に出会ったのは、そいつをここまで運んできた水姫ということになるではないか」
…。
……。
「うあぁあー!そうか!」
思わず叫んでしまったよ。
獏も母様の言葉に、驚いたように私を見る。
「神…?この小娘が…?」
「こ、小娘って…!小娘で何か悪いか!」
獏の言葉に逆ギレして怒鳴ると、一瞬獏は呆気にとられてから怒鳴り返す。
「あったりまえだ!!俺は、最後の夢を探しに来たと言うのに、こんなちっこい神なんかについてってそれが見つかるなんて思えん!」
そう言って獏は頭を抱えて座り込んでしまった。
「あぁあ、最初に来たのがこの都だということが悪かった…。慣れぬ土地の上に変な邪気に体力を吸い取られ…!普段ならこんな失態するはずがないのに…!」
そうぶつぶつと嘆く獏を笑いながら母様は言う。
「なに。そう悲観したものではないぞ。どうやら水姫はぬらりひょんという妖怪の血を継いだ者が百鬼夜行を作るのを見守りたいとか」
「!母様、何故それを…!?」
驚いて母様を見ると、にやりと笑う。
「そりゃあ、白馬黒馬から逐一報告が来るでな。お前の今までの行動からすると、そんなところじゃろ?」
「うっ…」
ばればれや。
しかし、私のことを気にせず母様は獏に言う。
「もしや、その者が百鬼夜行をつくるという夢がお主の探している最後の夢なのではないかえ?」
その言葉に、獏の呟きが止まる。
「百鬼夜行…。其の者、闇の頂点に立つ夢持たり…。…なるほど、確かに…」
獏の言葉に、母様は納得したように頷く。
「なれば、獏よ。夢を集めるためにこの水姫、夜護淤加美神の神使となるがよい」
「は!?」
「へ!?」
また声が被った。
さっきよりもだいぶ大きく、だが。
「母様、何故…!神使なら白馬と黒馬が…」
言いかけた私を母様が見る。
「水姫よ。お前はもう高淤加美神の娘、という肩書ではない。一柱の神だ。もう、白馬と黒馬をつけるわけにはいかないのだよ。お前は自分で自分の神使を見つけなければならぬ」
「え…」
ならば、白馬と黒馬とあの家で住むことは、もう、出来ない…?
「それから、獏よ。白澤になりたいのだろう?それならば水姫についてぬらりひょんの孫の行方を水姫と共に見届けた方が遥かに効率がいいぞ」
「うっ…、しかし、神使とは…」
迷う獏に母様が言葉を被せる。
「霊獣が神につくことは最高の誇りじゃろう?何を迷うとる」
「確かに、いずれは神使になりたいと、思っていましたが…!こんな異国の地で、このような小娘につくなど…!」
「なっ…!人のこと、小娘小娘って…!貴方、どんだけ偉いのよ!」
流石に頭に来て、そう言えば、母がぱんっと手を叩く。
「あい分かった。獏よ。そなた、水姫の神としての力が知りたいのであろう?」
その言葉に獏が黙って頷く。
「よかろう。水姫」
「はい」
呼ばれて返事をすれば、母様が悪戯っぽく笑ってみせる。
「ここで、龍になるがよい」
「…へ?」
「お前の神としての力はこの私が認めておる。親馬鹿ではないぞ。なにしろ“神渡し”を成功させたのじゃからな。経験も経て力も増しとるじゃろう。龍の姿になれば全て分かる」
「…わかりました」
母の迫力に圧されて私は頷く。
「では」
短く息を吸って、私は湖の中心でくるりとまわった。
その瞬間、湖の水が喜ぶかのように跳ね、木々が祝福するかのように揺れる。
いつの間にか集まった精霊達が歓喜の声をあげる。
「これはすごい…!」
「見事」
「まさか…!」
湖の中心でゆらりと揺れる巨体。
光を浴びて輝く色は金。
「まさか…黄龍…!」
獏の呟きが微かに聞こえた。
今まで、龍に変化しても、体はくすんだ灰色だった。
なのに、まさか金色に輝くなどとは思ってもなく私も愕然と自身の体を見る。
「母様…、これは…」
その言葉に、私を見上げて満足そうに母様が笑う。
「水姫や、お前、やはり黄龍になったのだな」
「黄、龍…?」
首を傾げると、いつの間にいたのか白馬と黒馬が説明してくれる。
「龍は成人するまで、何色に輝くのか分かりません。世の中には五色の龍が存在し、中でも黄龍は龍の中で最も力が強いとされています。いずれは龍の長になるとも」
「ちなみに母上様の高淤加美神は黒龍であらせられます」
「じゃが、いくら黄龍といえども、経験の差で我の方が遥かに上じゃがな」
快活に笑う母様の言葉に私は苦笑して頷く。
「どうじゃ?獏。黄龍につける機会などめったにないぞ?」
母の声に、獏がふぅっとため息をつく。
「…ここまでの力を見せられたら、しょうがない。…でも、まだ認めたわけではないからな」
きっと睨む獏に私は苦笑する。
「神使ってこんなに偉そうなもんなのかしら」
それに白馬と黒馬が笑う。
「まぁ、それぞれ事情はありますからね」
「しっかり働けよ、獏」
「……」
憮然とした獏の様子に、先が思いやられて私はそっと息をついたのだった。
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