ここのつ



「なるほど。やはり羽衣狐の影響であったか…」

うむ、と唸る母に私は首を傾げる。

「そういえば、以前熊野大神様より、陰から羽衣狐退治を手助けするように、とのお願いがありましたが…。それほどまでに神の脅威ならば、なぜ神自身で倒さないのですか?」

その言葉に、母は困ったように笑う。

「水姫。お前にはまだ分からぬであろう。地の神よりも遥かに上からこの大地を見ている大きな存在のことを。それを天網とも理、とも言うが」

母は空を見上げる。

「以前、人と妖怪に対し、神は中立なのだと言ったな。その意味をもう少し詳しく述べよう。よく、陰と陽、などというが、それは結局どちらも同じ枠組みなのだよ。光は闇があるから存在し、闇は光がなければ存在しえない。人と妖怪が、ただの光と影と違うところは、お互いの領分を常にせめぎ合っているところだろうか。しかし、神は違う」

母の真剣な言葉に私は静かに耳を傾ける。

「小さな土地神などは別だが、我々のような名のある神は人が存在する前からこの世を見てきた。人や妖怪などの枠組みの外に存在するものなのだよ」

母は小さく笑う。

「圧倒的な力を持つ神々は思い通りの世にしようと思えばこの国をどのようにもしてしまえる。しかし、この地球が出来たときからこの地を見てきた我々は傍観することを望んだのだ。…そして、それが神の理となった」

「…、なぜ、傍観を…?変えたい、現実とかはなかったのですか?」

母の言葉につい私は口を挟んでしまった。

しかし、その言葉に母は笑う。

「生まれたばかりのお前にはまだ分からないだろう。この世には神々さえもがちっぽけに見えるほどの大きな流れがあるのだよ。それを知っているのに、誰が人間達などの些事を変えたいなどと思う?人が生きて、死んで、また生きて。その繰り返しを幾百幾千繰り返して見てきた我々に傍観以外、何をしろと」

少し大きくなったその言葉に私はびくりと肩を震わす。

「…神として出来る小さな手助けなどはしたぞ。雨を乞われれば、理に照らし合わせて、良ければ降らせた。全ては理なのだよ。背けば、神といえども罰せられる。いや、神だからこそ罰せられる、と言った方が正しいか。反対に、理に背かなければ何をしても良い。人に混じって生きてみるも良し。妖怪と戯れて過ごしても良し。長きを生きる我らの楽しみよ」

はは、と軽く声に出して笑う母の言葉に、私は改めて母が神なのだと思った。

「では、羽衣狐が世を陰で覆うとしているのを止めるのは理に背いているのですか?」

私の問いに初めて母が顔に難色を示した。

「…。世の、変わり目、節目というものがある。それを神の力で変えてはいけない。これは理。そして、今が、その時期だという噂が神々の間で飛び交っている。だから、誰も動かない。下手に手出しすれば自らの身が滅ぶからだ」

「その、理、はどうやって確かめるのですか?」

私の問いに母は頭を掻く。

「神ならなんとなく、分かるのだよ。それを今神々が感じているということは、そういうことなのだろう」


母様の言葉に、分かったような分からないような、少しもやもやとしながらも頷いた時



「う、うぅ…、ここ、は」



「!」

寝かしていた青年が身を起こした。

「だ、大丈夫?あなた、京都で倒れてたから運んできたんだけど」

傍に膝をついて、聞くと、青年は手で頭を押さえながらそうか、と呟く。

「すまない。世話になったようだ」

ふらふらと立ちあがった青年の頭には相変わらずの猫耳。目にはひどい隈があり、服装はどこか中華風。

「私は、行かなければ…」

呟いた青年に母が声をかける。

「お主、獏じゃろう?」

「!…どうして、それを?」

母の言葉に顔をあげた獏に母は笑う。

「我を誰じゃと思うとる。日の国の水神じゃ。大陸の者たちとも多少は顔見知りじゃ」

その言葉に獏は目を見開く。

「あなたが、水神…!では、あの言葉は貴女のことを指していたのか…!」

今度は母が首を傾げる番だった。

「言葉…?」

それに獏は頷く。

「…私は夢を、集めている。この玉に宿る夢が千となったとき、私は白澤(ハクタク)となれる」

獏は首に幾重にも巻かれた紫紺の数珠のような玉の繋がりにそっと触れる。


「お前、白澤を目指す獏か」

獏の言葉に面白そうに笑った母様に、私は話が分からないと袖を引っ張る。

「ん?そうか。お前は知らなんだな。獏という霊獣は知識をつみ、力を蓄えると霊獣の中でも最も格の高いと言われる白澤になれるのだよ。…しかし、その“夢”は生半可なものではあるまい?」

問われた獏は頷く。

「…私は、全世界を巡り九百九十九個集めてきた。しかし、残りの一個が見つからず、中国で卜占を受けたのだ。さすれば、東へ向かえと。そこで初めてであった大いなる存在と共に夢を見届けたとき、白澤になれるだろう、と」

「ほう」

にやりと面白そうに母様の口角があがる。

「東のこの地で初めて出会った神…名のある神よ。どうか私に供をさせてもらえまいか」

母様を真剣に見つめて言った獏に向かって、母は口を開けて笑う。

「はっはっは!獏よ、それは大きな勘違いだぞ」

その言葉に、訳が分からず、不安そうに首を傾げる獏と私。

そんな私たちに母様は不敵に言い放った。

「お前が、この地で初めて逢った大いなる存在とは、“これ”のことだ」

すっと示した指先はまっすぐ私を指していて。


「へ?」

「は?」


両方同時に私たちは間の抜けた声を上げたのだった。





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