やっつ
「さて、と」
伸びた鬼達を京都の外れまで運んでドサリと落とす。
「今回は見逃したげる。悪いことは言わない。もう生き肝食べようとすんのはやめな」
見下ろす私に、鬼は悔しそうに顔を歪める。
「せっかくの京入りじゃったのに…!貴様、何者じゃ!」
その言葉に、私はうーんと少し考える。
「初めて名乗るのが、こいつらって…。まぁ、いいか。私は夜護淤加美神。まだ、なったばかりだけどね。とりあえず、神様ってこと」
その言葉に、鬼共の顔色が変わる。
「か、神…!?そりゃたまらん!お助けをぉお!!」
叫びながら慌てふためき逃げていった鬼達をため息をついて見送ってから、私はふと先程出てきた京を振り返る。
確実に妖気が集まっている京都。
その中に僅かに感じる神気。
「これは…?」
眉をひそめて気を探る。
どこぞの神様だろうか。
何せ、京都には神が多い。
しかし、それとは確実に異質で、それでいながらも澄み渡るような気。
その気が序々に薄くなり、妖気に呑まれていく。
何だか、そのことに胸騒ぎを感じて、私は再び今出てきた京都の方へ踵を返したのだった。
薄くなっていく神気を辿って辿りついた先には、無数の邪鬼が集まっていた。
嬉々として集まる邪鬼の中心に、人の腕が見えて私は慌てて邪鬼を払いのけながらそこへ向かう。
しかし、邪鬼とは邪気の小さな塊のようなもの。
要するに、妖怪の素。
とにかくその数の多いこと。その上、集まれば集まるほど強大になる。
中心に向かうにつれて、その邪鬼の力が増していくことに私は焦りを覚えた。
邪鬼が他の妖怪に吸収されることなく、ただ神気を吸って強大化するならば、意思をもたない只の悪鬼となる。
そうなる前に…
―…カッ
私は霊力を解放して、光を放つ。
光にあたった傍から消えていく邪鬼。
ここら一帯の邪鬼を一掃してから私は倒れていた人に駆け寄る。
「大丈夫です…、か…?」
まだ若そうな男の人の肩を抱え上げて、私は目を見開く。
少し赤みがかった茶髪から覗く、“それ”。
待て待て待て。
私はそんな展開望んでないぞ。
誰が萌えるもんか。
猫耳なんぞに…!
「母様ぁあ!!」
猫耳を生やし、異質な神気を発する青年をどうするか考えあぐね、結局私は彼を担いで母のもとへと向かったのだった。
「これ…!一体何ですか…!」
真昼間から酒を飲んでいた母様の前に青年を置けば、母は珍しく驚いたように口を開ける。
「なんと。あな珍しや。こやつ、獏(バク)の子ではないか」
「獏…?」
そう言われて思い描くのは前世で動物園で見た何やら鼻の長い白黒の動物。
そんな私の心を知ってか知らずか、母様は説明してくれる。
「獏とは、中国の霊獣よ。人の夢を喰らい、悪夢を除ける。日本でも、悪い夢は獏に喰ってもらうといいなどと言われておるだろう?」
言われて納得する。
夢を食べる方の獏、ね。
どっちにしろ動物園の獏のイメージが強いけど。
「その体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎に似ていると言われているが、その姿を見る限り、どうやら頭は猫に似ているようだな」
あれ?
動物園のイメージが薄れていく。
どんだけ動物がミックスされてるんだか。
もはや想像できない。
目を回す私に、母様は大きく笑う。
「まぁ、伝承など当てにならぬ。本当の姿を知りたければ、この者が起きたときに見せてもらえばよかろう」
その言葉に、私ははっと気付く。
「そうだ、母様。この者から神気を感じたのですが、邪鬼に喰われてだいぶ弱っているようなのですが…!」
その言葉に、母様は何てことのないように返す。
「なに。大方、馴れぬ土地に来て弱っているところをつかれて邪鬼共に襲われたのじゃろう。たいしたことはあるまい」
母様の言葉に、そっと青年の様子を覗う。
今は穏やかに寝息をたてているようだ。
「獏は水辺を好むと言う。ここでしばらく養生すればじきに目を覚ますじゃろうて。さて。その間、水姫が見てきた京の様子を聞かせておくれ」
ぐいっと酒瓶をあおった母様の言葉に、私は頷きながらもちらちらと青年の様子を見ずにはいられなかったのだった。
彼の存在が私の物語を大きく変えるなど思いもせずに。
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