むっつ




「さて、と!」


黒馬に乗って四国へ帰っていった犬神を見送った後、私は手を腰に当てて山から少し暗くなり始めた京都を見渡す。

「時期的には、まだ、のはずなんだけどねぇ…」

確か、原作では夏頃から―…

「とりあえず、様子を見に行ってみるか…」

私はふわりと宙に浮いた。












「うん。迷った」

記憶が定かではなかったからどこの結界が最初に破られるのかも分からず、とりあえず名のある寺社を巡ってみようと思ったのだが…

「やっぱり、違う世界なのねー。前世の京都と似てるようで似てないから土地勘がさっぱり…」

あはは、と軽く笑ってみるが、何気に笑い事じゃない。

何故か、進めば進むほど人通りがなくなり、細い路地裏に入っていってしまっていた。

そして、薄暗いそこにたまっているのは…妖気。


「…人間の娘じゃ」

「ふひひ。若くて美味そうじゃ」

「羽衣狐様のお力のお陰で久しぶりに人が喰えるのう…」


ひそひそ声が聞こえる。

羽衣狐のお陰ってことは、もう結界を破ったのか…?

おかしい。

原作よりも早すぎる。




……。

ちっ。考えてても埒があかないな。

「ねぇ、あなたたち」

とりあえず、暗い物陰でひそひそ話していた妖怪達に話しかける。

「ぎゃっ!ばれた!」

「び、ビビるこたぁねえ!喰ってやろう!」

思ったよりも図体はでかかったが、肝は小さい妖怪のようだ。

恐らく、こいつらは“鬼”

一瞬びびったものの、すぐ鬼は私に襲いかかって来る。

「てめえの生き肝ぉお、喰わせろぉお!」

その鋭い爪が私を引き裂く



「あ?」


手ごたえが全くないことに首を傾げた鬼に、私はにっこりと笑う。

「私の質問に答えてくれる?それとも、消えちゃう?」








「はぁあ」

私はひっくり返った数匹の鬼の上に座ってため息をつく。

「だから、やめときなさいっていったのに。無駄な労力使う羽目になっちゃったじゃない。結局、私の質問に答えるって結果はおんなじなんだから手間とらせないでよね」

無駄に数が多いし、体力も無駄に多いし、意地も無駄に強いし。
こっちは殺さないよう相手するの大変だったんだから。

そう言って下に敷いている鬼の尻をぺしんと叩く。

「ねぇ、聞いてる?」

「は、はいぃい…、なんとか、聞こえて、ます」

こてんぱんに伸された鬼がか細い声を出す。

「そう。喋れるなら話が早いわ。羽衣狐は京都の封印を破ったの?」

「!?な、なんで、そのことを…!?」

驚いて顔をあげた鬼の頭を踏みつける。


「ぐぇっ」

「頭をあげないでちょうだい。座りづらくなるの」

性格が変わったとか言わないで。
私、今いらついてるの。

もしも羽衣狐が今活動を始めているならば、もう私には未来が分からなくなる。

そんな深刻な事態だというのに、こいつらは…!

無駄に数は多いわ、無駄に体力はあるわ、無駄に意地を張るわ…!

何度愚痴ってもたりないくらい。

「それで?破ったのね?」

語気を強めて聞くと、鬼はふるふると小さく首を振る。

「い、いえいえ、これからようやく準備に入るところだと聞いてまして…!で、羽衣狐様のお陰でたくさんの妖怪が京都に集まってきてあっしらも都に入りやすくなったんですぅう」


その言葉に、私は一瞬驚いてからほっと溜息をつく。


「そう。まだ、破られてないのね…」

そう胸を撫で下ろした時だった。





「“餓狼”喰らえ」





「っ!」

とっさに左手を出して、“それ”を止める。

「な、に…?」

驚いて見たその先には、和服に黒い羽織の黒髪の男と、その横に連れ添う様に茶髪の背の高い男がいた。


…―竜二と、魔魅流…?


「ちっ」

思わず舌打ちをする。

こんなところで会うつもりじゃなかった。

衣面も持ってないし、持っていたところで今更顔を隠しても遅い。

「なんだぁ?邪気を感じたと思ったが、鬼は伸びてやがる。ってことは、妖怪同士の争いか」

そう言って竜二は、にやりと笑う。

そうか。ここには邪気が満ちているから私の神気に気づいてないみたいだ。

まぁ、私自身霊力はかなり抑えてるし。


「…へぇ。なかなかやりそうな奴だな。…暴れていいぞ、魔魅流」

その言葉に無表情で頷いた魔魅流が一気に加速して私に迫る。

その手に持つ札から発せられるのは雷。

水とは少々相性が悪い。

「悪いけど、ちょっとややこしい事態なんだ」

迫りくる魔魅流に聞いてないだろうが言ってみる。

「だからさ、少し大人しくしててくれるかな?」

にこりと私が笑った瞬間、魔魅流がぴしりと固まる。

その体にしゅるりと巻きつくものは、水。

「水綱。水の力って時に鋼よりも強くなるんだ。少し動けないだろうけど勘弁してね」

魔魅流に謝ってから、私は竜二を見る。

彼は、魔魅流が止められたことに舌打ちをして服から竹筒を取り出して構える。

そして

「さっき、水、かかったよな?」

竜二がにやりと笑う。


「やれ。言言」



その言葉の後に訪れたのは、



―…静寂。



「なっ…!?」

何も起こらないことに驚く竜二に私は柔らかく笑う。



「ごめんね?水に関しては、私の方が上なの」





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