いつつ



「犬神!」

母様に神名をもらったことで宴会が盛り上がりを見せていた。

そんな中、精霊達に絡まれている犬神を救出して、私たちは騒がしいところを少し抜ける。


中心の大きな湖から少し離れれば、虫の声が聞こえるだけの静けさとなる。

私は、犬神を連れていくつかあるうちの一つの湖に連れていった。

そのほとりに腰をおろして、犬神にも座るように促す。

素直に従った犬神と私の間にしばらく静かな沈黙が落ちた。

空を見上げれば、満月と無数の星。

そして、その光は湖に映り、湖もまた、美しい輝きを放っていた。


そんな神秘的な光景を眺めながら私は少しためらいながら犬神に問う。

「…この後、犬神はどうする?」

その言葉に、湖を見つめていた犬神の肩がぴくりと揺れる。

「オレは…」

しばらく言い淀むが、犬神の言葉の続きを急かすことなく私は待つ。

「オレは…四国に戻るぜよ」

少し寂しげな、それでいてしっかりとした答えに、私は、そう、と呟いた。

「…うちに、いてもいいんだよ?四国に、辛い思い出があるなら新たな場所からはじめてもいいんだし」

その言葉に、犬神は私の方を向いて少し笑う。

「実は…それも少し考えたぜよ。このまま水姫んとこにいたら楽だろうなぁって。でも、違うんぜよ」

言い聞かせるような犬神の言葉に、私は首を傾げる。

「水姫がずっとオレに言ってくれた、前を向いて生きるってことは、そうやって逃げることじゃないと思ったんぜよ。四国に帰り、オレはもう一度玉章と共に生きていく」

強い目でしっかり前を向いて犬神は言う。

「今度は下僕としてでなく、友としてあいつと一緒に歩んでいくぜよ。…オレが、あいつに新しい世界を見せてやるんだ」

言いきった言葉に、私は知らずに笑顔になる。

「…そっか」

一言言って私は手をぐんと上に伸ばす。

「よかった。もう、犬神は大丈夫そうね」

私の言葉に犬神は照れたように頬を掻く。

「…心配、してくれたんだよ、な。あんがと」

「ふふ。私が変えた運命、だったから。最後まで面倒見る覚悟もあったんだけどなぁ」

その言葉に首を傾げた犬神に、私はそうだ、と手を叩く。

「餞別に、良いもの、見せたげる!」

そう言って私は手を湖のほうへ向けてくるりとまわす。

そうすれば、湖の水が空高く立ち昇り、水飛沫とともに落ちてくる。

そして、それが収まったとき


「虹…?」

目を見開く犬神に私は頷く。

「月の光で出来る夜の虹。素敵でしょ?」

笑ってみせた私の顔を見て、犬神は会ってから初めての満面の笑顔を見せた。

「綺麗ぜよ。…すごく、綺麗ぜよ」


ああ、良かった。
本当に良かったよ、犬神。

私は、あなたのその笑顔が見たかったんだよ。









「それじゃ、行くぜよ」

貴船山の麓で、黒馬の背に乗った犬神が言う。

それに頷いて私は手を振る。

「元気で。私も着いていければよかったんだけど…」


昨日、母様に京都で異変が起こっていることについて少し様子を見るように言われた。

恐らく羽衣狐によって花開院家の結界が破られたことなのだろうと薄々感づいていたので、私は断るわけにもいかず、犬神をここで見送ることにしたのだ。


「玉章によろしく」

その言葉に犬神は苦笑する。

「あいつはあんまり喜ばないかもしれんけどな。…水姫、また、会えるか…?」

その言葉に私はあっけらかんと笑う。

「犬神ったらおかしなことを言うね。死んだわけでもあるまいに。同じ空の下にいるっていうのに、どうして会えないことがある?」


その言葉に、犬神も笑う。


「それもそうぜよ。…生きていて、本当に良かった」


「あなたから、その言葉が聞けて良かった」

本当に。

私が、未来を変えた意味はここにあったって思っていいのかな?

ありがとう、犬神。

あなたのお陰で、私は自分の道を自信持って歩いていけそうだ。









―四国の山奥では、四国八十八鬼夜行で死んだ者たちを弔った石の前でじっと座る玉章の姿があった。

ザザァ、と海風が玉章の髪を揺らした。


何を考えているのか、じっとその墓石を見つめていた玉章だったが、ふと後ろの気配に気づいて振り向く。


そこにいたのは


「のら犬…か」

舌を出して自分を見つめる野良犬。

それを無視して立ち上がり、その場を去ろうとした時




「そうぜよ。俺は、野良犬だ」

「!」

聞こえた声に、玉章は再びばっと振り返る。


「犬、神…!?」

その玉章の顔を見て、犬神は笑う。

「随分見ない間に情けない顔をするようになったな、玉章」

その言葉に玉章は眉をひそめる。

「お前、なんで…」

「オレは、野良犬ぜよ。人に飼われはしない。…けども、共に生きていくことはできるぜよ」

そう言って、犬神は玉章の手を取る。

「世界は広いぜよ、玉章。まだ知らないこともたくさんある。百鬼夜行が全てじゃないぜよ。今度はそれをオレが教えてやる」

犬神は戸惑う玉章の手をぐいっと引っ張る。

「行こうぜ、玉章。新しい世界へ」

その言葉に、玉章は一瞬呆気にとられてから、はっと笑う。

「物好きな奴だ。…ボクはお前を甘やかしたりしないぞ」

「同じ言葉を返すぜ、玉章。オレはもうお前の下僕じゃねえ。でも、それよりももっと深い絆をこれから作っていくぜよ」


笑って手を引く犬神と、少し憮然としながらも手を引っ張られて歩く玉章の姿を、夕陽が赤く照らしていた。




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