よっつ



「母様!」

宴の真ん中に胡坐をかいて座る母の姿を見つけて、私は勢いよく飛び付く。

「おお、水姫!相変わらずの元気さじゃな!」

飛び込んだ私を母はしっかりと抱きとめてくれた。

「母様!今日水姫は人間に変化出来るのでしょう?」

「そうだな。運よく今宵は満月。力も存分に使えるじゃろうて」

母の言葉に私は胸が躍るのを抑えることができなかった。

前世、人間だった記憶が残っているからこそ人に変化できるこの日は待ちに待ちわびたのだ。


「それ、あの満月が空高く昇る頃がお主の産まれた刻じゃ。その時に変化というものが自然と分かるじゃろう。あとほんの数刻。それまで宴を楽しむがよい」

「はい、母様!」

私が勢いよく頷くと、さっそく猿猴(エンコウ)や山童が甘酒を持ってくる。

猿猴は猿によく似た山の精霊で、気の良いお調子者だ。
楽器を奏でながら、私を他の精霊達のもとへと導いてくれる。

「そうれ、水姫様の御成りじゃ、そうれそれ!」

楽しげな音楽を奏でる猿猴とともに精霊達の輪に入ると、皆喜んで迎え入れてくれた。

水虎や蛟(ミズチ)といった上級の水神達も混ざって楽しげに酒を酌み交わしている。

木霊やクサビラ達は既に酔いつぶれて全員眠ってしまっている。

「姫様も甘酒だけでなくどうです?焼酎など」

美しい女性の姿に化けた川獺(カワウソ)が酒瓶を持って酌しに来てくれたが、それを遮るのは黒馬。

「水姫様はもうすぐ大切な時を迎えるのだから酒は控えなさい」

「何よ、黒馬のドケチ!」

黒馬に睨まれてすごすごと引き下がる川獺が可哀そうになって言ってやれば、黒馬はまたしてもため息をつきやがった。



「姫様。ご覧ください。もう満月がてっぺんに昇りますぞえ」

黒馬と言いあっていた私のたてがみを引くのは川天狗。

言われて見上げた月は雲に隠れもせず、その美しい姿を煌々ときらめかせていた。

「あぁ…」

思わず口からため息が漏れる。

満月の光に自分の奥底に眠る未知の力がひきあげられるような感覚に陥る。

何か底知れない、それでいて暖かく澄み渡る力が満ちるのを感じて私はゆっくりと目をつぶった。










「見ろ。姫様が…」

「なんと神々しい…」

宴会で盛り上がっていた精霊達は、満月の光に照らされて輝く水龍を見て感嘆の声を漏らす。

タカオカミノカミはうっすらと笑みを浮かべて、水姫が光に包まれながら人型へと姿を変える様を見守っていた。

龍の姿から人の姿へ変わるその様は、誰もの想像を超えるほど美しく、幻想的であった。

時間にしてみれば僅かのことだったが、その間誰もが息をするのを忘れるほどその様に魅入っていたのだった。





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