ふたつ
こんなことを頼める立場じゃあないんじゃが…
リクオをよろしく頼む
月の綺麗な晩に、ぬらりひょんと酒を呑み交わした時、最後の言葉が私の中にはいつまでも響いていた。
「犬神ぃー、準備できたぁ?」
犬神にあてた部屋の前で声をかけると、がらりと襖が開けられて犬神が姿を見せる。
「準備も何も、オレは用意するようなもん持ってないぜよ」
制服はぼろぼろになってしまったので、犬神は今黒馬の着物を着ている。
少し不機嫌そうな声に私は犬神の頭を撫でてやる。
「そんなに心配しなくても、母様はそんなに怖い神様じゃないよ」
「っ、そういんじゃねえよ!」
その手をばっと払いのけて、犬神は顔を俯かせる。
「ただ…、その、オレなんかが会って本当に、良いのか?」
やっぱり不安なんじゃない、という言葉を心にしまって私は苦笑を漏らす。
「大丈夫。聖域に入れるように守護かけてるし、あそこの人たちは皆きさくだから」
「…黒馬を見る限り、とてもそうは思えんぜよ…」
小さく呟いた犬神の言葉が聞き取れずに、首を傾げるが、それに犬神は何でもねぇ、と言って足音荒く玄関の方へ向かった。
「あ、待って犬神」
その背を追いかけて私は犬神の腕をとる。
首を傾げた犬神の腰帯をぎゅっと結びなおしてから犬神の姿を眺めて笑いをもらす。
「ふふ、やっぱり着物、大きすぎたわね。…でも、似合ってるよ」
その言葉に、犬神は耳を真っ赤にしてやっぱり私の腕を振り払ってしまう。
「う、うるせっ!似合わなくてもいんだよ、こんなもん!」
そう言って玄関を出ていってしまった犬神に苦笑をもらしていると、後ろから声がかかる。
「水姫様、本気ですか?妖怪を聖域に入れるなど…。あそこは本来人の出入りも禁じられているのですよ?」
「白馬…。分かってるよ。でもね、犬神憑きをおとすのは母様しかできないわ。…まぁ、本人からはまだ犬神をおとしたいときちんと聞いてはいないのだけれどもね」
私はため息をつく。
長いこと部屋に閉じこもって悩む犬神の姿を見かねた私が勝手に犬神を貴船に連れて行くことを決めたのだ。
「…まぁ、水姫様のすることならば好きにさせよと、タカオカミノカミ様も仰っていましたからね」
「でしょう?それに顔を見せに行くこともできて一石二鳥だわ」
あっけらかんと笑った私を見て、白馬はもう一度深いため息をついたのだった。
「犬神は黒馬に、私は白馬に乗っていくわよ」
玄関の外で集合してそう指示を出すと、犬神と黒馬が同時に反応を見せる。
「げっ…。よりによってこいつに乗るのかよ…」
「またも妖怪なんぞを我が背に乗せることになるとは…。おい、犬。精々途中で落ちないように気をつけることだな」
「なっ、てめえ!オレを落とす気満々じゃあねぇか!」
喧々と騒ぐ二人が微笑ましく、笑っていると、木霊達もぞろぞろと集まって来る。
「姫様!我らもお供します!」
そう意気込む木霊達に私は腰をかがめて言い聞かせる。
「その気持ちは嬉しいんだけどね、貴方達には私たちがいない間留守になるこの家を守ってほしいの。出来るかしら?」
その言葉に、木霊達は目を爛々と輝かせる。
「なんと!我らが家守を任された!」
「我らがこの家を守るのじゃ!」
「任せてください、姫様!!」
そんな可愛らしい木霊達を撫でて、私は白馬にまたがる。
制服のとき以外はいつも着物を来ているので、横座りに跨った私に、馬に戻った白馬がぶるりとたてがみを震わせる。
「いつまで騒いでるつもりですか、黒馬。発ちますよ」
白馬の言葉に、仕方なさそうに黒馬も馬の姿になって犬神の襟首をくわえて背中に放り投げる。
「ふん。仕方ない。なるべく早く翔けるぞ」
その言葉に頷いて、私は白馬の首筋を叩く。
「さぁ、貴船に向かって出発!」
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