はたちあまりいつつ



「 “あこがれ”なんだよ。畏れ…ってのは 」


昼と夜が混ざったリクオの声が戦場に響く。

「守りたいんだ」

ああ、そうだね。
そんな君だから、皆を守ろうと頑張る君だから、私も君を守りたいと思ったんだ。


「仲間をおろそかにする奴の畏れなんて―…誰も、ついていきゃしねーんだよ!!」

私の隣で犬神が顔を歪めたのがちらりと見えた。

だが、玉章にその言葉は届かない。

「だまれ」

玉章が一閃のもとにリクオを斬る。

しかし


「あ?」


リクオの姿がゆらりとぶれる。

その姿はぬらりくらりと姿をくらます、まさに…“ぬらりひょん”


そして、目を見開く玉章にリクオが―…


“鏡花水月”



「玉章ぃい!!」


腕を斬られた玉章の姿に、犬神が叫ぶ。

ぼとり、とちぎれた腕が落ちた途端に変化が起きた。

「うおっ…!うおおおおおお!!」

斬られた腕から、口から、妖気が、禍々しく膨らんだ玉章の妖力が抜けていく。

「うわぁああ…!!」

狼狽する玉章が刀に必死に手を伸ばすが、それを取ったのは―…夜雀、だった。

「夜雀!?その刀…こっちに…よこせーーー!!」

玉章が夜雀に叫ぶが、その玉章を無表情に見た夜雀はばさりと黒い翼を広げる。

「な!?待て、夜雀!?」

引きとめる力もなく、ただ叫ぶ玉章をもはや振り返ることもなく、夜雀は飛び去っていった。

「ううう…!ぁああ!!」


「玉章…!玉章!!玉章ぃいい!!」

白く霞んでいく玉章の髪。

小さくなる体。

変わり果てていく玉章に、犬神が身を乗り出して玉章の名前を何度も叫ぶ。

その声は、恐らく今の彼に届いてはいない。



全てが収まったとき、道にうずくまっていたのは片腕を失い、みじめに座り込む玉章の姿。

「んで…だ…。バカな…。どこで…間違ったって…言うんだ…」

うわごとのように呟く玉章。

「組を名乗るんならよ…」


ざっとリクオが仲間に支えられながら玉章の前に立つ。

「自分を慕う妖怪くらい…、しゃんと背負ってやれよな……」

「…!」

その言葉にピクリと反応したのは犬神だった。

「…、オレは、玉章が…!大っ嫌いぜよ…!」


犬神が誰に言うともなく、呟く。

その言葉に私は黙って懐にある刀から手を離した。

もう、ここでは私が原作に戻す、必要は、ない。


涙を流しながら己の部下の名前を呟き、恨み言を呟く玉章の前に立ったのは猩影。

「若。こいつは…もうダメだぜ」

刀に手をかけた猩影。

その後の行動は明白だった。


すらりと刀を抜いた猩影を見て、犬神は私の腕をガッと掴む。

「オレは、玉章が大っ嫌いぜよ…!」

私は静かに、犬神を見つめる。

「でも…、でも、あいつは確かにオレを変えてくれた!あいつと過ごした日々は、オレにとって初めての、初めて生きていると、感じさせてくれた日々だったんぜよ!」

ぎゅうっと犬神の手に力が入る。


「水姫、お願いだ!あいつを…!玉章を助けてやってくれ!」


その言葉に、私は目を閉じて犬神に背を向ける。


「水姫…!」


懇願するような声に振り返ることなく私は歩みを進める。

そして、針女の傍に置いた少しひびの入った衣面を、手に取った。







「猩影…」

「約束は守らせてもらう!!おやじの…仇だ!」


ぎらりと刃を返した刀が鈍く光り、まっすぐ玉章に向けて振り下ろされた。


が。


「なっ!?」

猩影の刀を止めたのは、白い面をつけた、女。

頭から羽織った衣がはらりと揺れる。


「てめぇっ…!邪魔すんじゃねぇ!」

激昂する猩影に、私は静かに語りかける。

「猩影。あなたの気持は、分かる。私も、玉章に殺された…友人がいる」

いいよね、針女。

もういないあなたに聞くことは出来ないけど、友人って、呼ばせてね。

「なら、なんで…!」

猩影がぎりり、と刀を押す。

それを食い止めながら私は強く言葉を発する。

「でも!玉章にも…!こんなことをした奴でも、生きてて欲しいと、願っている奴がいるんだ!これ以上…!」

私は声をつまらせる。


玉章に殺されるはずだった犬神。

玉章に殺された針女。


唇が震えて上手く声が出ない。

「これ以上…悲しみを、増やさないでくれ…!」

その言葉が、死んでいった者や傷ついた者達が見守る静かな大通りに沁みるように響いた。




「ありがとうよ、嬢ちゃん」

言葉が響いた後の静寂を破ったのは、先程までここに居なかった第三者。

「ぬらり、ひょん…」

「え!?総大将ー!?今までどこへー!?」

鴉天狗が奴良組全員の驚きを代弁して叫ぶ。

「ふぅ〜。まさか事故でサンライズ瀬戸が遅れるとはのぅ」

その叫びを気にすることなく、ぬらりひょんは笑う。


「お嬢ちゃん」

声をかけられて、私は刀をしまう。

驚きで猩影の方も刀に力が入っていなかったから。

「あんたに礼を言いたい奴がいるそうじゃ。ちと話を聞いてくれるかい?」

その言葉に、私は黙って頷く。

ぬらりひょんに呼ばれて前に出てきたのは老紳士の姿をした隠神刑部狸。

「ありがとうございます。こんな馬鹿息子を、助けてくれまして…」

私は黙ったまま隠神刑部狸を見つめる。

「こやつを失っていたら、私は、悔やんでも悔やみきれんかったでしょう…。悲しみで、もう生きることさえ絶望したかもしれん…。息子を失う悲しみは、もうこの老体には耐えられんのじゃ…」

隠神刑部狸は深く、頭を下げる。

「ありがとうございます。悲しみを、止めてくださって」

何も言えず、私はただ一礼だけをその古狸に送ったのだった。




後は、知っている未来。

隠神刑部狸のお願いをリクオが受けて、玉章は四国に戻り、亡くなった者たちを弔うことで決着がついた。


もう、私がいる必要もない。


「のう、お嬢ちゃん」

くるりと背を向けた私に、ぬらりひょんが声をかける。

「世話になったみたいじゃのう。どうじゃ?この後、うちで一杯やらんかい?」

その言葉に私は苦笑する。

「残念ですが、実は私未成年ですので」

まぁ、本当は四百十三歳だが。

そう言った私に、ぬらりひょんも笑う。

「固いこと言わんでくれ。大丈夫じゃ。ちゃんと“のんあるこーる”も用意しとるからのぅ」

「?」

やけに食い下がるぬらりひょんの言葉に私は首を傾げる。

「ひとつ、昔話をしたいんじゃ。老人の話に付きあってくれるほどは優しい娘さんじゃと聞いておるぞ。…リクオから」

「!?」

私はばっと振り返ってぬらりひょんを見る。

「のう、水姫さん」






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