はたちあまりひとつ


「くろ、まる…」

黒い翼の彼を見て、ほっと力が抜けた。

「大丈夫か」

空中で支えてくれた彼に頷いて、抱えていた牛頭と馬頭を渡す。

「…!これは…!」

顔を険しくする黒羽丸に、面を外して苦々しく笑う。

「もっと、私に力があれば…。ごめんね」

「いや。礼を言う。丁度二人の様子を見に行こうとしていたんだが…、まさか…」

二人の傷から流れる血がぽたりと空を落ちていく。

「すまなかった。水姫がいなければ手遅れだったかもしれない」

黒羽丸の言葉に私は唇を噛み締めるしかなかった。

結局、傷を負わせてしまった。

その時


「兄貴ー!!一人で突っ走んじゃねぇよ!」


黒羽丸の後ろから聞こえるはばたきの音。


「ああ、トサカ丸達も来たみたい。じゃあ、二人をよろしくね」


ふ、と笑った私を黒羽丸が止める。

「水姫も傷が…。奴良組で治療をしないか?良い医者がいるんだ。二人の恩人ならば、本家もきっと…」

その言葉に私は首を振る。

「いつか、奴良組の皆とはきちんと顔をあわせるよ。でも、それはきっと今じゃない」

ふっと重力に従って私は落ちる。

「二人に伝えといて。ごめんね、ありがとうって」

黒羽丸が悲しそうに少し顔を歪めていたのが見えた。









トサカ丸達が来る前に、地面に降りた私は歩いて我が家を目指す。

空にはどんよりとした重く暗い雲がかかっている。

「はぁ、はぁ…」

肩で息をして、片手を壁につきながら歩いた後には点々と血の跡。

霊力を溜めた髪を切ることで一時的に神気は高まるが、失った髪の分、霊力は少なくなっているから力が出ない。

やがて、ずるりと電柱の脇に座り込んでしまう。

「困ったなぁ。ここまで消耗するとは思ってなかった。やっぱり、妖刀とは相性が悪いなぁ…」

薄く笑ってみたものの、斬られた傷からの血は止まることはなくて。

最近、疲れることが多いなぁ。って自分から首突っ込んでるからか。

自嘲の笑みを浮かべるが、後悔はない。

だって、皆が好きなんだもの。神なんて万能じゃない。でも、せめて関わった人たちのことは守りたい。
理屈じゃ、ないんだ。

足元を見つめて、そんなことを考えていたとき


「お前…!何してんだよ!」


声がした方をゆるりと向くと、街灯に照らされた犬神の姿。


「犬神?どうしたの、こんなところで」

驚いて尋ねると、犬神はバツが悪そうに顔をしかめる。


「…散歩ぜよ。お前の家は息が詰まる」

「ああ。我が家も一応聖域だからね。妖怪にはきついか」

頷くと、犬神は頭を掻く。

「違ぇよ。まぁ、確かにそれもあるけど、お前んところの黒髪の奴が…、ってそれはどうでもいいぜよ!お前、怪我してんじゃねェか!」

「あれ?分かった?わざわざ灯りの陰にいたのに」

意外そうに言うと、犬神は足音荒く近づいて、ぐいっと腕を持って立たせてくれる。

「オレは鼻がな、効くんぜよ。特に血の匂いにはな」

ああ。犬、だから。

くすりと笑った私の腕を乱暴に引っ張って、犬神はちっと舌打ちをする。

「お前がいないと、あの黒髪がうるせえんだよ。だからお前には早く帰ってもらわねェとな」

黒馬…。私がいない間に犬神に何をしたんだ。


私はため息をついて歩みを速める。

「まぁ、そうだね。早く帰らないと。…もうそろそろ始まるだろうから」


百鬼夜行の対決。

その場を私は見守る。

そして、犬神も見なければ。

それが、運命を変えた私と変えられた犬神のすべきこと。




家についた私は、黒馬と白馬に傷のことを咎められ(実際はそんな簡単なものではなかったが)それをいなしながら私は庭の池へ向かった。

清浄な水が湛えられたそこは私にとって最上の癒しの場となる。

血だらけであちこち切れていた着物から、白い禊姿に着替えて私はとぷりと池に浸かった。

仰向けに浮かべば、黒い髪がゆらりと水面に広がる。


しばらく水が体に沁みわたる心地良い時間を満喫する。


ふわりと散った菖蒲の花びらを片手で掬って私は目を閉じた。


意識を澄ませば、ああ、大量の妖気を感じる。


その先頭に立っているであろうリクオの姿を思い浮かべて私は僅かに口元が緩むのを感じた。

さぁ、行かなければ。

彼の晴れ姿を見に。




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