はたち

玉章の笑い声が部屋に響く。

「くくく…、はははは!」

笑い声に私は眉をひそめる。

「無駄に…だって?それは、…こういうことかな?」

玉章が手に持った刀を一振りした。

「玉ず、き…さま?」

「!!?」

彼の近くにいた妖怪から赤く生温かいものが吹き出して、ぴちゃりと私の頬に飛ぶ。

「玉章!」

気を取られている手洗い鬼を押しのけ、近くにいた座敷わらしのような妖怪を手に掛けようとしていた玉章と刃を交える。

ガキンと鋭い剣戟の音がして、チリッと空気が揺れる。


「何故、仲間を、傷つける?生きて、君の後ろに並んでこその、百鬼夜行だろう?」

ぎりり、と玉章の刃を押し返しながら私は問う。

「くくく…。仲間…?違うね。彼らはボクの駒だ。それをどう使おうが、ボクの自由だろう?そして、ボクのために流れた血が無駄なわけがない。全ては…」

ぎゃりんっと刃の間で火花が散って、私の刀が押し返される。

「この玉章のものなのだ!!」


玉章が叫んで刀を振りかぶる。

「ぎゃあ!」

「玉章さまぁあ!!」

部屋のあちこちで悲鳴と血飛沫があがる。

「くっ…」

弾かれた衝撃で腕が痺れて上手く動けず、玉章を止められない。

「やめろ!」

玉章と、距離はあったが私はその場で刀を振り切る。

と、その瞬間玉章の腕が裂け、血が吹き出た。

「…?何を、した…?その刀は、妖刀か?」

腕を押さえ、ぎろりと振り返った玉章の問いに私は笑う。

「逆だよ、玉章。これは神刀だ。名を“水切”。その昔、大雨で溢れた川を真っ二つに割って村を助けたという、龍神の刃。君のその刀に、劣らないだろう?」

私の言葉に、玉章もにやりと笑う。

「君は、本当に面白い。だからこそ、ボクの百鬼夜行に加われば良かったものを…。残念だよ」

そう言いながらぬらりと玉章は刀を振りあげる。

「?どこを狙って…」

言いかけた私は目を見開く。

玉章の視線の先には、四国の妖怪と闘う牛頭丸と馬頭丸の姿。

「危ない…!」

刀を構える余裕は、ない。

ただ、身体一つで飛び出した。





「ぁ…」


体を守っていた水膜ごと右肩から袈裟懸けに斬られる。

反動でぐらりと体が傾く。


「お、おい!大丈夫か、お前!なんで、俺達を庇って…!」

後ろから聞こえた牛頭の声に、私は何度かよろめいてからなんとか倒れないように持ち堪える。

ぽたり、ぽたりと足元に赤い水たまりが揺れている。

「おい!しっかりしろ!」

肩を抱かれて、私は霞んだ視界で牛頭丸を確認する。

「あー、あ。ちゃんと、守るつもり、だったのに…な。傷、負わせちゃった。ごめん、ね?」

「何言ってんだよ!そんな場合じゃねぇだろ!?」

牛頭丸も、肩から血を流してる。

私一人の大きさじゃ、二人分庇えなかったか。

馬頭丸も、怪我、してるだろうな。


頭がぼんやりする。

そうだ、これ、妖刀…だっけ。

道理で、毒が巡ってるみたいに体が熱いんだ。


ぼんやりした頭でそんなことを冷静に分析していた。


「こんな奴らのために、自分の身を投げ出すとはね。本当に、がっかりだ」

玉章が近づいてくる音がする。

すっと視界に影が差して、頭上に刀が煌めく。

「まだ、死なないでくれよ?」

その言葉とともに振り下ろされた刃。




―ガキンッ



「させるかよ」


「ご、ず…?」


私の前に立ち、その刃を止めたのは、牛頭丸、だった。

「何でかわかんねェが、お前には助けられたからな!これでも俺は借りは返す方なんだよっ!」

ぎりっと歯ぎしりしながら言われた言葉に、私は苦笑する。

本当に、私は至らない。

守りに来たなど、こんな状態で言ったら笑われるな。


ああ、くそ。


私は、黒く流れる自分の髪を一房手に取った。

その間にも、牛頭と馬頭は戦い、傷ついていく。

邪気にやられて震える手で私はその髪を、刀で切った。

その途端、私の体がぼんやりと蒼く光る。

動かないはずの斬られた右肩をゆっくりと動かして、私は薄く笑う。



「もう少し、頑張りたいんだ」



血塗れになって戦う牛頭丸と、いたぶる玉章の間目掛けて大きく刀を振った。

瞬間、部屋に飛び散る水飛沫。

部屋は、流れる水の膜によって二つに分断された。

僅かに透けて見える向こう側の玉章に向かって、私は静かに言う。

「君はリクオに勝てないよ」


私の言葉を鼻で笑った玉章にくるりと背を向けて、私はずるりと倒れ込んだ馬頭と牛頭を拾う。

「生きてる?」

声をかければ、牛頭が反応するが、傷は浅くはなさそうだ。

「ちょっと眠っててね」

そう声をかけて手をかざして二人を眠らせてから、軽く止血を行う。
それから二人を背負うが。

「いて…」

流石に、二人分はきつい。

斬られた傷が、ずきりと痛んだ。

それでも、なんとか窓の方へ向かおうとしたが、突然おぶっていた馬頭丸の分の重さが消える。

「なっ…!」

慌てて、振り返ると、そこにいたのは針女。

片手で刀を構えるが、そんな私に針女は小さく首を振る。

「早く、窓の方へ」

囁かれた言葉に、私は目を見開くが、針女が水膜の向こう側を気にして焦っているのが伝わってきて黙って頷く。

からり、と開けた窓から入ってきた風がやけに爽やかに感じた。

「ありがとう」

馬頭丸をここまで運んでくれた針女に礼を言うと、針女はぎっと私を睨む。

「あんたを助けたわけじゃないよ。ただ…あんたが玉章から助けてくれたあの座敷わらしは私の良い話し相手だったから…それだけよ」

ぷいっと横を向いた針女に私は苦笑を漏らす。

「じゃ、お互い様だね。…その子によろしく」


軽く手を振って、私は外へ飛び出す。




とにかく、早く遠くへ。

かすれた意識さえも飛びかけたその時


「水姫!!」

声が、聞こえた。




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