みっつ



はやいもので、私が"生まれ"てからもう、10年が経っていた。


不思議なことではあったが、前世の記憶を持ちながらも私は龍として生きることに今では何の違和感も感じなかった。

母や周りに仕える精霊達は聖域として、人の立ち入りが禁じられている山奥の湖で主に生活している。

基本的に龍は食事を摂らない。
山の精気を、清浄なる水の霞みを吸収して力を蓄えるのだ。

どうやら現在でもこれほど清浄な空気を保っている山は、最近はどんどんと減っていき、それとともに力を失う神も多くいるようだが、この貴船山は絶大なる母の力で聖域としての力を保ち、邪悪なるもの―すなわち妖の類を全く寄せつけないでいた。

だから、必然とこの山には妖怪に喰われてしまう力弱い精霊達が多く身を寄せていた。


例えば、木霊やクサビラ等といった森や水の精霊達だ。

彼等は臆病だが好奇心旺盛で、よく私の遊び相手になってくれる。
いや、この場合私が遊んであげてるのかもしれない。

なにしろ、いくら10歳だといっても私の精神年齢は高校生のままなのだから。


だが、よく人の訪れる神社付近まで降りるときは彼等が一緒について来てくれた。

普通の力ある精霊達は人を恐れて滅多に神社まで降りて来ることはない。

しかし、今日もまた私は人見たさに本殿の方まで降りて来ていた。


「水姫様、水姫様」

くいくいっとたてがみを一匹の木霊に引っ張られ、後ろを振り向く。

こうして下に降りるときは、まだ人の姿に変化できないので仕方なく遠くから参拝客を観察しているのだ。


「なあに?木霊」

背中に乗っけた木霊に小さく尋ねる。

「今日は水姫様の10の誕生日でしょう?早く帰らなくても良いのですか?」

小さな甲高い声で喋る木霊は可愛らしくて、つい口元が緩んでしまう。


「分かってるわよ。今日でやっと私が人間に変化できるおめでたい日だものね。母様も楽しみになさってるでしょうからいつもよりは早く帰るわ」


「そんな悠長なことを言っておられますとまた白馬、黒馬殿がお迎えにいらしてしまいますよ」

木霊のその言葉に私は、はぁっと息をついた。

白馬、黒馬は母様に仕える天馬で、白馬は晴れを、黒馬は雨を司るれっきとした神獣なのだが…


「水姫様!またこんなところまで降りてきて!」

「今日がどんなに大事な日かお分かりのはず。今日ぐらいは自重して下さいませ」


「…。どうやら遅かったみたいよ、木霊」


やってきたこの二人、とにかく口うるさい。

一応、私の教育係として付けられたのだが、あまりに口うるさいから、飛べるようになってからはしょっちゅうこの二人を撒くことに必死になっていた。


白馬はガミガミすぐ説教するし、黒馬は辛辣な物言いで私の心を傷つけるのだ。


「分かってますよー。今帰ろうとしてたんですー」

ちょっと拗ねたように口を尖らせて言うと、呆れたようなため息が二つ同時に聞こえてきていらっとする。

「そこまで怒んなくたっていいじゃない!私が下に降りるとすぐ二人とも怒るんだから」


二人に連れられて戻りながら、抗議すると、二人は交互に諭してくる。

「私も別に水姫様が下に降りられるのを怒っているわけではありません。しかし、あまりに過ぎた好奇心で姫様が人に見つかるようなことがあっては…」

「今の時代、人々は神を信じ、敬う者もいれば、龍という存在を珍しがって手に入れたがる輩もおります。どうか御自身の身の安全を第一に考えてください」


こう言われてしまっては身も蓋も無い。
実際、前世の記憶にある世界でも龍なんてものが発見されたら捕まえて見世物にするに決まっている。


仕方なく口を閉じた私だったが、別の声が割って入ってきた。

「まぁまぁ、白馬殿も黒馬殿もそないに水姫様をせめたもうな。神が人々のことを気にして降られることは非常に感心なことですぞ」


「河伯!」

私は川から顕れたおじいちゃんに顔をこすりつける。

河伯とは河川の守護神で、貴船山の河伯は翁の姿をしているのだ。

「やっぱり私のことをきちんと理解してくれるのは母様と河伯だけだわ!」


「ほほほ。姫様、はしたのうありますぞ。ささ、上流では既に宴の準備が整っておりまする。お早くいらっしゃいますよう」


そう言うと、河伯はするりと水に溶けてしまった。


日も落ちて、空に輝くのは満月。
貴船山の奥深くの聖域からはここからでも騒がしい宴の音が聞こえていた。

私は白馬と黒馬に急かされながらも悠々と宴へ向かったのだった。




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