とおあまりやっつ
「ただいまー…うわぁ」
帰って早々、私は声をあげる。
鳥居をくぐれば、半壊していたはずの家が元通り、いやちょっと豪華になっていたからだ。
これも母様の力…なのかしら。
感心しながら玄関の戸を開ければ、今度は家の中から大きな声が聞こえる。
「いい加減にするぜよ!」
…この声は犬神か。
良かった。無事に目が覚めたみたいだな。
声のする部屋へ向かえば、襖の前に白馬が。
「何してんの?」
首を傾げて問えば、白馬がにっこりと笑う。
「いえ。たいしたことでは。ただ、例の妖怪の輩が少々うるさく騒いでおりましたので、黒馬が縛り上げていたところでございます」
「は?」
笑顔で言われた言葉に、私は急いで襖を開けた。
「縄をほどきやがれぇ!俺にこんなことしてただで済むと思うなよぉ!」
部屋の中には、縄でぐるぐる巻きにされた犬神とそれを踏みつける黒馬の姿。
無表情ながら黒馬が少し楽しそうなのは見なかったことにしよう。
「黒馬、やめなさい。それから、犬神は落ち着いて」
頭に手をやってため息をつきながら私は二人に言う。
「お前…!水姫か!」
こちらを見て目を見開く犬神の縄を手を振ってほどいてやる。
「なんで、お前が?…そうか、やっぱりおめえも奴良組の妖怪だったんか…。でもな、俺を捕まえたくらいで四国八十八鬼夜行は止まらんぜよ」
私を睨みつける犬神の言葉に私は首を振る。
「犬神。私は奴良組じゃあない。そして、あなたも今は四国八十八鬼夜行ではない」
「なにを…!」
声をあげる犬神の目をまっすぐ見つめて私は言い聞かせるように話す。
「辛いだろうけど、思い出して。あなたが気を失う前のことを。玉章はあなたを、…捨てた」
その言葉を言った瞬間、私はドンっという衝撃をともに押し倒された。
「お前ぇ…!何を言ってるぜよ…!」
私の上にのしかかり、襟元を絞める犬神の後ろを見て、私は静かに首を振る。
「黒馬、やめて。私のことはいいから部屋の外に出てて」
犬神の後ろで、その首に部屋に飾られていた刀を突き付けていた黒馬は、私の言葉に顔をしかめながらも言うとおりに部屋を出て行ってくれた。
ぱたん、と襖の閉まる音のあとに私は犬神の顔を見上げる。
「犬神。そうやって拒絶しても事実は変わらない。どんなに忘れようとしても、最後に見た玉章の瞳はあなたを追い詰める」
「いい加減なことを、言うんじゃねぇ…!」
ぎりり、と首元を絞める力が強くなるが、私は表情を変えずに言う。
「辛いなら存分に私に当たれば良い。事実から逃げたくばもがけばいい。…でも、そのあとに残る真実はもがいた分だけ、あなたを苦しめる」
「…っ!」
唇を噛み締める犬神の頬にそっと手を寄せる。
「あなたの苦しいこと、私も一緒に受け止めるから。お願いだから、前を向いて」
かたかた、と首を絞める手が震える。
「オレはっ…、オレはぁっ…!」
ぽたり、と滴が私の頬に落ちる。
私は、震える犬神の頭を両手でぐいっと自分の肩に押しつけてぎゅっと抱きしめた。
目を閉じた私の耳に、いつまでも犬神の嗚咽が響いたのだった。
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