とおあまりふたつ



「水姫、移動だよー」

「ああ、そうだね。…ごめん春奈、私ちょっと教室に取りにいく物があるから先行ってて?」

お昼を中庭でとったあと、生徒達が体育館に移動していくのを見て促す春奈に私は両手を合わせて謝る。

「ん?そう?分かったー」

素直に頷いて手を振る春奈に手を振り返して、私は教室へ戻る。

教室に入ると、まだ何人か生徒が残っていたから、全員がいなくなるまで待つことにした。

「あれ?水姫サン、次移動だよー?」

掛けられる声に曖昧に相槌をうってやり過ごす。

やがて、本鈴の鳴る頃には教室には誰もいなくなった。

廊下にも誰もいないのを確かめてから、私は鞄から衣面を取り出す。

それをしばし見つめて私は深呼吸をする。

これから初めて大勢の人の前で力を使うことになる。


「ふぅ」


大丈夫。
怖くない。

「よし」

私は決意を固めて衣面をつけた。

静かな教室に、ぱさりと衣擦れの音だけむなしく響いた。







『マドモアゼル、ジュテーーム』

真っ暗な体育館に大きなスクリーンが映し出される。

その途端、生徒のだるそうな雰囲気が一変する。

「キターーーー!!き…き…清継くんだーーーー!!」

『そーです。清継です』

「映像なのに返事したぞ!!!」


映像のパフォーマンスに生徒が沸く。

その上を素早く移動する幾つかの影。


『全員配置についた?』

「リクオ様のいうとおり…真っ暗になったわ」

彼らの緊張の中、映像はただ流れる。

『おっと。もうタイムリミットだ。心もとないが…応援演説を君に頼んだ!!』

唯一、明るく照らされた舞台に現れたのは奴良リクオ。

それを見つめる、生徒に混じった妖怪。

緊張しながらそれを見つけようとする護衛達。

そしてその更に上。
天井付近に、誰にも気づかれることなく宙に佇む白い面をつけた影。


役者は揃った。

“人間”に気づかれることなく、静かに戦いの火蓋は切って落とされていた。






『えー…、あっと…、ボク…』

静かになった体育館にどもる声が響く。

『 奴良リクオです 』

その瞬間、歓声が沸きあがった。

「おれ、あいつ知ってるー!!」

「いつもゴミ捨てしてくれる奴だ!」

まるで、どこかのライブ会場のような盛り上がりを見せた体育館。

それが、“妖怪”の恨みを増幅させていることなど、誰も知らずに。


( 人間が うらめしい )



膨れ上がる妖気に陰陽師、ゆらが気づく。

同時に青田坊が妖怪、犬神を取り押さえた。


しかし、犬神は首だけを飛ばして、舞台上のリクオに襲いかかった。

「喰い殺してぇぇぇ!やるぜよ、奴良リクオォオォオ!!」

「うわああああ!!」

ぶしゅう、と血の飛び出る音がして、体育館はざわめきに包まれる。

そして


―どさり

「ぬ…奴良くん…?」

舞台上の女子が恐る恐る倒れたリクオに近づき、顔色を変える。

「いやああああ!!首が…首がないいいい〜!?」


「なっ…!」

「……!?」

生徒が恐々とする中、涼やかな声が響く。


「やはり、“若”を狙っていたな」

「!」


誰にも気づかれることなく入れ替わっていた首無の紐が犬神を捕らえた。


「首だけで戦うのは、君だけじゃあ……ないんだよ」



首無の作戦が犬神を更なる怨みの深みに突き落とした。




[ 46/193 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -