とおあまりひとつ



「水姫!!」

教室に入ると、真っ先に春奈が駆け寄ってきた。

「春奈。…なんだか、久しぶり?」

実際には一日学校を休んだだけだったのだが、いろいろありすぎて思わず春奈を懐かしく感じてしまった。


だが、その言葉に春奈は思いっきり頷く。

「水姫ったらまた無断欠席して!休むなら連絡入れなさい!」

お母さんみたいな物言いに思わず笑いをこぼすと、春奈がキッとにらむ。

「笑い事じゃない!どれだけ人が心配したと思ってるの!家に行ってみたら黒馬さんに追い返されるし…」


「あはは。追い返されちゃったのか」

心配してわざわざ家まで来てくれたという春奈の言葉がすごく嬉しかったのだが、何か照れくさくてそう言って誤魔化すと、春奈はまた笑った、とむくれてしまった。

「ごめんごめん。あ、チャイム鳴ったね。座ろ?」

促せば、ふくれながらも素直に従う春奈。

その様子が微笑ましくて目を細めながら見ていたが、ふと廊下からの視線を感じて、扉に目を向ける。

すっと隠れた人影に、見覚えのある髪色を見つけて私は眉をひそめる。


「?水姫、どこに行くの?先生来ちゃうよ?」

「悪いけど、適当に繕っといて」

ひきとめる春奈に手を合わせて、私はその人影を追って廊下にでた。


僅かに感じる妖気をたどって学校の中庭にでる。






「…犬神」

背中を向けて佇む犬神に向けて、呼びかけると犬神はゆっくりと振り返る。

「…お前もか?」

「?」

言葉の真意が図れずに首を傾げると、犬神が声を荒げる。

「お前も、人間と仲良くやってんのか!?人間じゃないくせに!?」

「犬神、」

「お前は俺と似ているような感じがしたんだ!自分のことを隠して、必死に隠して、いつばれるかと怯えながら過ごす俺に…!なのに、お前も…!」

「犬神!」

大きく声を出せば、びくりと肩を震わせる犬神。

「聞いて、犬神。あなたが何故私に似たようなものを感じたのかは少し分かる気がする。私も、自分が何者なのかを知られたくない人達がいる」

「っ!なら、距離を置けよ!知られたくないなら、そいつから離れろよォ!」

叫ぶ犬神に私は首を振る。

「違うよ、犬神。それは解決方法じゃあない。怖がって逃げてちゃ、駄目なんだよ。確かに私は知られるのを恐れていた。けどね、今はそんなに怖くない」

「なんで…!」

「私が恐れていたのは、拒絶されること。でも、彼らは私のことを知っても、それを受け入れてくれるんじゃないかと思えるんだ。ねぇ、犬神。逃げてちゃ余計に怖くなるだけなんだよ。きちんと相手と向き合う、そんな信頼関係を築くことが大切なんじゃない?」


ねぇ、もっと前を向いてよ、犬神。

あなたが今までの人生で感じたものは恨みだけだったの?


「…っ、」


「犬神」

名前を呼べば犬神は両手で耳を塞ぐ。

「呼ぶな、俺の名を呼ぶなァ!結局お前は、恵まれてただけなんだ!周りにそういう人間がいただけだ!それだけの違いで、俺は…!」

犬神は肩で息をしながら言葉を吐き出すように続ける。


「そうだ、お前は、俺とは違う。俺を認めてくれたのは玉章だけ…」

「犬神…」

「…もう、行け。俺の前に現れるな。俺は、お前を、…これ以上恨みたく、ねェんだよ…」

犬神の苦しそうに紡がれる言葉に、私は目を見開いた。


「くそ…」



ねぇ、犬神。

あなたは優しいよ。

だからこそ、苦しかったよね。


ふらふらと去っていく犬神の後姿を見送って私はゆっくりと目を閉じた。

覚悟が、決まった。

私が、未来を変えるよ。




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