とお
「あ、そうだ。水姫様。今日は学校には行かれませぬようにお願いしますね」
「…は?」
それは、壊れた家の中から制服を探し出して、学校へ行こうとする準備を終えたころに白馬から言われた。
「へ?なんで?」
わけがわからず聞き返すと、白馬がにこりと笑う。
「それがですね。水姫様が“神渡し”を行なわれたとタカオカミノカミ様に報告したところ、すぐに連れてくるように言われたので。今日は久しぶりに母上様にお顔を見せに行きましょうね」
にこにこ、と音が聞こえそうなほど機嫌よく言う白馬の言葉に私は勢いよく首を振る。
「ま、待って待って。今日じゃないとだめなの?っていうか、今日は無理というか…」
そう言った途端に白馬の顔が険しくなる。
「おや。母上様にお会いになられるより大切なことが今日あるのですか?」
白馬の剣幕にたじたじとなりながらも、私は精一杯うなづき返す。
ここは、譲れない。
「今日は、学校で生徒会選挙演説があるの」
―ぴしり
確かに空気が凍った音がした。
「水姫様?本気でおっしゃられてます?」
笑顔のまま、だが確実に目は笑っていない白馬の言葉が冷え冷えと響く。
だけど、私だって負けちゃいられない。
私の記憶が確かなら、今日学校に彼らが現れるのだから。
そして、その夜には―…
「悪いけど、白馬。私は譲らないよ。母様には近いうちに必ず会いに行く。でも、今はだめ」
「水姫様…、しかし、」
まっすぐ白馬を見つめれば、白馬は言葉に詰まったように顔をしかめるが、まだ納得はしてくれないみたいだ。
その肩を黒馬が叩く。
「白馬。諦めろ。こうなった水姫様に何を言っても無駄なのは私たちが一番良く知ってるだろう」
「黒馬…」
言われた白馬は一寸とがめるような眼差しを黒馬に向けたが、はぁっと諦めたようにため息をついたあとに頷く。
「そうでしたね。全く、似なくていいところまでタカオカミノカミ様に似てしまって…」
そう呟く白馬を黒馬が鼻で笑う。
「それは違うな。神は皆、このようなものだ。他者の言葉に惑うことなく我が道を行くことこそ、神たる所以なのだから」
まるで我侭を諭されたように聞こえたが、黒馬の声音からそれを誇りのように思っていることが感じられて私は苦笑する。
「ごめんね、白馬、黒馬。母様にはよろしく伝えておいて。…ああ、それから」
私は後ろを鳥居をくぐりながら言い残す。
「今日は少し暴れるかもしれないけど、心配しないでね」
ふふ、と笑った視界の片隅でぴしっと固まった二人が見えた。
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