ふたつ
次に目を覚ました時、先刻よりも意識ははっきりしていた。
「あ…れ…?」
声もでる。まだしっかりとは喋れないが。
「おぉ!目を覚ましたか。水姫」
「水姫…?」
首を傾げて繰り返すと、私の母親らしき人が綺麗な笑い声をあげた。
「そうじゃ。お主の名じゃ、水姫。我はお主の母、タカオカミノカミじゃ」
タカ…オカミノカミ…?
再び首を傾げると、母と私を囲んでいた人たちが笑う。
「タカオカミノカミ様。産まれ出て間もない水姫様に言っても分からんでしょう」
「水姫様。あなた様は、貴船山の龍神であるタカオカミノカミ様が四百年間身ごもってお生まれになった念願の姫様なのですよ」
貴船山…
タカオカミノカミ…
タカオカミノカミ!?
知ってる…。もともと関西地方の生まれだった私は、京都の貴船山の澄みきった空気が好きでよく足を運んでいたのだ。
そこに祀られている神様を知らないはずがない。
タカオカミノカミは有名な水を司る神様だ。
…私がタカオカミノカミ様の娘?
「タカオカミノカミ…様?」
恐る恐る声に出してみると、タカオカミノカミは大きな声で笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ハッハッハッ!そんな堅苦しく呼んでくれるな。母と呼べ、水姫」
頭に置かれた手でそのままぐりぐりと強く撫でられ、私は頭がぐらぐらするのを感じた。
タカオカミノカミってすごい神様だと思ってたけど…随分豪気で気さくな神様だなぁ。
「母…様。頭が揺れて痛いです」
そう言うと、母様は悪い悪い、と言って手をどけた後、またすぐに笑い始めた。
「皆、聞いたか!水姫が母様と呼んでくれたぞ!あな嬉しや嬉しや」
母様がそう言うと、周りの者たちも楽しそうな笑い声をあげた。
「めでたいめでたい!立派な姫様が生まれましたな」
「まことに見事な水龍のお姿。人型もおそろしく美しいことじゃろうて」
水龍…?人型…?
え、もしかして…と自分の姿を見下ろしてみたら案の定自分の体は人のそれではなく、胴が長く鱗の生えた、まさに龍の姿だった。
これは…。
自分は神様の娘として生まれたのだからやはり自分も神様なのだろうか。
「母様。水姫は…龍なのですか?」
少し不安げに聞いてみれば、母様はなんてことないように頷く。
「我の娘だからな。しかし、時を刻めば人型になることも出来るぞ。まぁ、我らは力を抑えるために人型である必要があるのだ。滅多なことでもない限りな」
良かった。人の姿になることはできるらしい。
それにしても、生まれ変わったのが神様の娘だなんて…
周りにいる者達も人ではないようだし。
以前の自分では信じられない出来事に眩暈を覚えるのは仕方ないことではないだろうか。
いっそのこと、前世の記憶なぞ持たずに産まれればまだましだったかもしれないのに。
そんなことを思いながらも、母の暖かな腕に抱かれればいろいろと考えたい自分の意思を無視して眠気が再び襲ってきたのだった。
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