ここのつ



「白馬…?黒馬…?これは一体…?」


恐る恐る家に帰ってみれば、目の前には信じられない光景が広がっていた。

い、家が壊れてる…?

その中心では白馬が縄でぐるぐる巻きにされて倒れ、その背の上で黒馬が胡坐をかいてあくびをしていた。


ついでに、木霊達も小さな手でしっかり白馬を押さえていて、何があったのかさっぱりわからない。

思わず声をあげれば、黒馬が私を見てため息をついた。


「ようやくお帰りになられましたか。どうやら、相当に馬鹿な…失礼、大変なことをしてきたようですね」


こ、黒馬が、怖い…!

敬語なのに、敬われている気の全くしない口調に血の気がひく。

「それを感じたこの阿呆が水姫様を探すためにこの町の妖怪一匹ずつ締め上げて、もしもの時は自分も後を追う、などと言い出したものですから実力行使で止めていたところです。なので、今晩寝るところが無いのはご自身の責任ですので悪しからず」

口をはさむ隙すらないままに黒馬が淡々と説明する。


謝るタイミングすらない…!


そのとき。

それまで地面に伏していた白馬がぴくり、と動いた。


「水姫、様…?」

顔をゆっくりあげて、私を確認すると、白馬は目を見開く。

「水姫様…!」

その途端、白馬は周りに居た木霊達を吹っ飛ばして、ばっと起き上がり縄を引きちぎってこちらへ駆けてきた。

黒馬は白馬の行動を読んでいたように、ひらりと白馬の上から飛び降りて、吹っ飛ばされた木霊達を受け止めていた。

「水姫様…!ご無事で…」

見るからにぼろぼろな白馬に、どれだけ心配をかけていたのか実感する。

「白馬、ごめんね。あの…」

言いかけたとき


―パシン…!


ぅえ?

突然のことに何が起きたかわからずに、呆然と白馬を見る。

しばらくしてから頬がじんじんと痛み出して、叩かれたのだとわかった。

「白馬…?」

「ご自身が何をしたか分かっているのですか!“神渡し”など…!そのリスクを母上様はあなたにお教えになられなかったのですか!しかも、その後神気は途絶えてしまうし…」

白馬に叩かれるなど、いつぶりだろう。

幼いころ、内緒で山から降りて、妖怪に喰われそうになったときも、白馬にこうやって怒られたっけ…。

「本当に、本当にどれだけ心配したと…!」

白馬の瞳からぼろりと綺麗な涙が零れ落ちる。

「は、白馬…!」

慌てて肩をさするが泣き止む気配はなく、困って黒馬を見るが、黒馬は真顔でこちらを見つめるだけだった。

その目は、まるで自分も同じ気持ちなのだと言っているようだった。


「皆、聞いて」

泣き止まない白馬をぎゅっと抱きしめて声をだす。

油断すれば、声が震えてしまいそうだったから必死に耐えて言葉を続ける。

「本当に、心配かけちゃったみたい。…でも、心配してくれてありがとう」

ありがとう。
私の居場所は確かにここにあるんだって分かったから。

「でも、ごめんね。私はもうしない、なんて言えない。これからも、自分の命を省みずに大変なこと、しちゃうかも」

その言葉に、白馬が息を飲むのを感じた。


「だから…。だからその時は、また、死ぬほど心配してください」


ふわりと笑って言えば、目を見開いた黒馬も、肩を震わせていた白馬も一寸固まり、すぐに吹き出した。

「ふ、ふふ。水姫様、やはり貴女はタカオカミノカミ様の娘ですね」

「?」

「昔、ずっと昔、タカオカミノカミ様もいろいろな無茶をして、よく私達を心配させたものです。その時決まってタカオカミノカミ様は仰られるのですよ。『また、何かするからそん時は死ぬほど心配してくれ』と」

「全く。心配かけないようにする、という選択肢が親子そろって抜けてしまっているようだ。まぁ、その言葉を聞くと、反対に安心してしまうんですがね」

白馬も黒馬も笑いながらそう言う。

そうか、母様も。

私も一緒になってくすくすと笑う。


「水姫様が笑ってる!」
「見て!黒馬様まで笑ってる!」
「今日は楽しいな!」


その様子を見ていた木霊達も笑い出し、しばらく半壊した我が家の前で笑い声が途絶えることはなかったのだった。




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