ななつ


「う…、いたたっ…」

腹にずきんとした痛みを感じて目を覚ました。


「こ、こは…」

暗くてよく見えないが、どこかの部屋のソファに寝かされていたみたいだ。


体を起こすと、上に掛けられていたタオルがはらりと落ちた。

ああ駄目だ。頭がくらくらする。

私、どうしたんだっけ…


ぼうっとそんなことを考えていると、後ろで扉の開く音がした。


「お。起きたかァ?」

「犬、神…!」

開かれた扉からの明かりで、そこに立つ人物が浮かび上がり、全てを思い出して慌てて身構えるが、体に力が入らずふらりとよろける。

「おっと。危ねェよ」

倒れかけた体を支えてくれたのは、犬神だった。

「何やってんだよ!ほれ。そこに座ってろ」

「あ、ああ…」

勢いでつい犬神の言うとおりにソファに腰掛けてしまった。

「ちっとやりすぎたぜよ。腹痛むか?腹も減ってるか。何か欲しいもんあるか?」

床に落ちたタオルを渡しながら犬神が聞いてくる。

なんだ。誰だ、この良い奴。

「お〜い!聞いてんのかァ!?」

「ぅえっ?ああ、いや、お気になさらず…」

知っていた犬神との違いに混乱して思わず敬語になってしまった。

「ん?そうか?まぁ、欲しいものって言われてもどうせうどんしかねェけどよ。無いよりマシだろ?今持ってきてやんよ」

「は、ぁ。どうも」


大人しく待ってろよ、と出ていく犬神を私は呆然と見送ってしまったのだった。





「って言われても、大人しくここに軟禁されてるわけにはいかないし…。逃げますか」

犬神が出ていった後、しばらく考えていたのだが、まぁ、当たり前の結論に至って早速脱出することにした。

さて、と。

そうと決まれば犬神が戻ってこないうちに窓からでもささっと出て行っちゃいますか。


カラカラ、と音をたてて窓を開けると湿っぽい風が流れ込んできた。

「まだ、雨は降ってるのか」

水は好きだけど、この雨は嫌いだ。

やけに都会の排気ガスやゴミを含んだ匂いがするんだもの。
多分、酸性雨とかいう奴なのだろう。

…もうあんまりこの雨には濡れたくないなぁ。

どっかに傘、ないかな。


空気中の水素を媒介にして気配を探ってみたが、この階に人はいないはず。

ちょっと隣の部屋でも物色してみるか。






「失礼しまーす」


キィ、と少し軋んだ音がしてドアが開く。

この部屋も明かりがついていなかったから、手さぐりで物を探していく。

「傘、傘っと。…随分とこの部屋広いなあ。それでいて物はあんまりなさそうだし…」

ここは無理か、と次の部屋へ行こうとした時


「あ、れ?これって…」

部屋の真ん中にぽつりと置かれている、一振りの刀。


まさか。


あれが、もしも、“あれ”ならば。

今、私があれを持っていってしまえば、物語は変わる…?

たくさんの妖怪が、馬頭丸と牛頭丸が、リクオが、傷つかずに済む…?


いいのだろうか。

今、私が動いても。

百鬼夜行の衝突は、リクオの成長に必要なこと。

そのために、たくさんの命が失われても…?


分からない。

分からないよ。

でも


「“魔王の小槌”…これさえ、なければ、」


震える手が刀に伸びた。




「そこまでだよ」



気配は、なかった、はずなのに。


声が聞こえたと思った瞬間、私は床に叩きつけられていた。


「君は、確か、水姫サン…だったかな?」


玉章が薄く笑いながら私を見下ろしていた。





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