よっつ
出来ること…と言っても、袖モギ様の場所は苔姫の神社に現れることしか分からない。
駄目だ。
それは黒田坊に任せるしか…
「水姫?」
だいぶ険しい顔で考え込んでいたのだろう。
黒羽丸が困惑したように声をかけてくる。
「黒羽丸。その友人が運ばれたのは浮世絵総合病院、だよね」
ここらで一番大きな病院。
黒羽丸が頷いたのを見て、私は肩に乗っていた木霊をそっと鳥居の前の地面に降ろす。
「水姫様?」
「かずら。よく聞いて。私、これから妖怪に襲われた友達のところへ行って来る。様子を見てくるだけだから白馬と黒馬には心配しないでって伝えて」
かずらはこの木霊の名前だ。
木霊に名前はないから私がつけた。
かずらは小さな手を必死に振って私を止めようとする。
「駄目ですよう!外の空気、とても嫌な感じがします。危ないですよう!」
「かずら。あなたにしかお願いできないの」
そう言えば、うーんと悩みながらもかずらは私を見上げてくる。
「危ないこと、しないですか?」
「うん。しない」
「絶対ですよう!」
かずらはそう言うと、タタッと走って鳥居をくぐっていった。
それを見届けて、私も顔をあげる。
「水姫…」
咎めるような黒羽丸の声に私は振り返って手を振る。
「その子ね、私の友人でもあるの。何も出来ないかもしれない。でも、その子が今危ないっていうならせめて傍にいてあげたいの」
これだけは譲らない。
そう心で呟いて、私は地面を蹴りあげる。
ふわり、と風が優しく頬を撫でた。
「黒羽丸は、その妖怪を必ず見つけて」
そう言い残して、私は夜の空を病院に向けて一直線に翔けていった。
途中で、雲に隠れていた月が僅かに顔を出し、自分を照らしていたことも、その姿を彼に見られていたことも知らずに。
「ここ、か」
病院の敷地について、目立たないように木の陰に降り立つ。
たくさんの木々が重なり合って、まるで森の中のような重い闇をつくりだしているその一角を抜ければ、病院の建物が威圧的にそびえたっていた。
静かな夜に、一つの窓だけが明かりを灯し、ざわめきが漏れていた。
「先生!患者の脈拍が…」
「くそっ!一体どうして…」
そっと覗けば、思った通りベッドに横たわった鳥居さんの姿。
それを目にして、私は思わずよろける。
紙では伝わってこなかったその姿。
生気をなくした青白い肌。
白いベッドにちらばる黒い髪。
何よりも、今の自分だからこそ分かる命の輝き。
それが、感じられない。
鳥居さんが纏う、初めてまざまざと感じた死のオーラに私は唇をかみしめる。
私には、出来ない。
傷は癒せても、呪いを受けた命を死の淵から連れ戻すことは、まだ、出来ない。
土砂降りの雨に濡れながらしばらく私はショックで放心していた。
何も、出来ない。
何か、したい。
駄目だ、もうすぐ夜が明ける。
そうだ、千羽様…
千羽様が最後彼女が戻って来る手助けをしたはず。
よろよろと私は歩き出した。
どこにあるか知らない祠を探して。
しばらくして、そこは見つかった。
小さな祠と、その前で手を合わせているおばあさん。
そして、想いを受けて光り輝く千羽様。
それを見て、再び私は衝撃を受けた。
どうして
なんで
足りない。
このままの千羽様の力じゃ、鳥居さんは戻ってこれない。
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