みっつ


「姫様、お帰りなさい!」

「おかえりなさい、姫様!」

我が家の鳥居をくぐると、わらわらと木霊達が出迎えてくれる。

「ただいま」

笑って、一匹の木霊を肩に乗せて私は家の扉を開けた。

他の木霊達が騒ぎながら後ろを追い掛けて来る。

「水姫様!何事もありませんでしたか?」

開けた途端、心配そうに聞いてくる白馬に私は首を傾げる。

「?なんともないけど…?」

玉章と会ったことを言ってるのか?

でも、白馬がそんなことを知っているとは思えないし…。

なんて、考えていると白馬は物憂げな表情でため息をついた。

「何やら、先刻からこの町で妖怪が派手に騒いでいる様子なのです。最初からこの町には妖気が漂っていましたが、姫様の仰る奴良組とやらとは違う…」

ああ。四国の奴らが暴れ始めたのか。

それにしても、白馬は不機嫌そうだ。

「全く。水姫様のいらっしゃる土地で何ということを。力を抑えている水姫様が以前のように邪気にあてられたらどうしてくれる」

苛立たしげに目を細める白馬を私は笑って宥める。

「あはは、まぁまぁ。後からやってきたのは私の方なんだし。妖怪だって悪い奴ばっかりじゃないし、この前のだって私が勝手に首突っ込んだようなもんだから」

「…!しかし…」

そう。

以前の黒羽丸との悪霊退治の際にあてられた邪気のせいで私は数日熱を出して寝込んでしまったのだった。
それ以来、白馬も黒馬も妖怪に関することにはぴりぴりと警戒するようになってしまったのだ。

「それにね、白馬。あなた達がなんと言おうとも、私は気に入った子達のためには力を惜しまないよ。それが妖怪だとしても」

数秒、白馬と視線が交わる。

先に目を逸らしたのは白馬の方だった。

「…どうか、ご自身の身を、ご自愛ください」

目を伏せながら言われた言葉に私は頷いてありがとう、と呟く。

その言葉が、白馬の精いっぱいの言葉だと伝わってきたから。






―バンッ!

「うわお!」

玄関先で何やら白馬としんみりしていたのだが、突然扉が乱暴に開けられて私は思わず驚いて飛び上がった。

恐る恐る振り返ると、そこにいたのは眉間に思いっきり皺をよせた黒馬の姿。

「ど、どうしたの…?黒馬」

声をかけていい雰囲気だとは思えなかったけども、黒馬が自分を見つめて…、いや、睨んでいたので思い切って聞いてみる。

「客だ」

くいっと指で入口の方を指し示されて、私は首を傾げる。

どうやら、私に怒っているのではなさそうだ。

だとしたら、その客とやらが気に入らないのだろうか?

しかし、うちを知っていて、黒馬が不機嫌になるような人物に心当たりがない。

まぁ、とりあえず会ってみればいいか。


不機嫌な白馬と黒馬を家の中で待たせて、私は鳥居をくぐって外に出てみる。

外は重く厚い雲が月を完全に隠し、雨が地面を濡らしていた。




「黒羽丸…?」



そこにいたのは間違いなく黒羽丸で私は黒馬が不機嫌だった理由に納得して笑いをもらす。

「どうしたの?なんでここに…?」

駆け寄って、聞くと黒羽丸は固い表情で答える。

「いや、実は今、妖怪関係で少し厄介なことになっているんだが…」

「もしかして、今町で暴れまわってる奴のこと?」

何故、そのことで黒羽丸がわざわざうちに来たのだろうか。

未だ、状況が把握できずに首を傾げると黒羽丸が珍しく迷うように目を動かす。

「そうだ。その中の妖怪が、どうやら神社などの土地神を襲っているようだから、その、」

「もしかして、心配してくれたの?」

驚いて聞けば、気まずそうに黒羽丸は目を逸らす。

「余計な、心配だとは思ったが…」

「ありがとう」

黒羽丸の言葉にかぶせて言えば、黒羽丸は驚いたように目を見開く。

「ありがとう」

黒羽丸に、この世界の住人の心に僅かでも私がいたということがとても嬉しい。

お礼を言った私を見て、黒羽丸はふっと笑って頭を撫でてくれた。

「いや。…俺はもう行く。若のご友人がその妖怪の呪いに倒れてしまったからそいつを見つけなければ」

え…?

「奴良、くんの、友人…?」

繰り返した私の言葉に、黒羽丸は怪訝そうに眉をひそめるが、ああ、と頷く。

「そうか。若がリクオ様だと知っているのか」

黒羽丸がそう言っていたが、全く耳に入らなかった。

忘れていた…?

鳥居さんが、襲われるのを。

「くそっ!」

仕方ない。

漫画を読んだのは今となっては随分と昔。

今は、忘れていたことを後悔するよりも出来ることを…!




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