ななつ


黒羽丸と私は白い鳥が入っていった家の窓を覗き見る。


そこには、仏壇とその前にうずくまる人影があった。

外までもすすり泣く声が絶え間なく響く。

そこへあの白い鳥がぱたぱたと舞い降りて、その音を聞いた人影が顔をゆっくりとあげる。

ひどく憔悴した顔の女の人は降りてきた鳥にぼんやりと目を向けた。

そんな彼女に、白い鳥は首を傾げて言葉を発する。

「イツマデ泣イテルンダイ?」

それは以津真天の時のような耳障りな鳴き声ではなくて低く、暖かい男の人の声だった。

それを聞いて女の人が目を見開く。

「あなた…?」


「モウ、泣カナイデクレ。ユックリデイイカラ、ドウカ前に進ンデクレ。強ク生キテクレ」

その言葉に女の人は信じられないと言うように白い鳥に震える手を伸ばす。

「あなたなんでしょ…?ああ、夢みたい…」

そう言って、女の人は強く白い鳥を抱きしめる。

「ズット、見守ッテイル。ダカラ、モウ泣カナイデクレ」

「ええ…。ええ。大丈夫よ、もう大丈夫。そうよね。私がこんなんじゃあなたが安心して眠れないものね。もう大丈夫よ」

そう言って笑った女の人の顔を見て、白い鳥が柔らかく笑った気がした。

そしてぼんやりと白い鳥が輝き始める。


「アリガトウ」

最後に、こちらへ目を向けてそう言うと、白い鳥は淡く光って溶けていったのだった。







「…以津真天はね、あの以津真天はいつまでも泣いている自分の奥さんが心配で成仏できなかった魂だったの」

白い鳥が消えるのを見届けてから私が説明する。

「だけど、長く成仏できなかったせいで妖怪となり、奥さんを想う強い気持ちが妖気を膨らませてしまったんだね」


本当はとても優しい、人の心。

安らかに逝かせてあげられることができたなら、それで満足だ。

でも、やはりどこか切なさが残るのは死に直面したからだろうか。

その思いが自然と顔を曇らせる。


しかし、ぽんっと頭に柔らかい重みを感じて私ははっとする。

「水姫は…彼らを救ったんだ。俺では、きっとどうしようもなかった」

黒羽丸がそう言って、私の頭の上に手を置いていた。

その顔に柔らかな笑みが浮かんでいて、私は目を見開く。

彼の笑っている顔なんて見たことがなかった。

まぁ、漫画の中では、だけど。


…そうだね。

彼らは私にとってただの漫画の登場人物じゃないんだ。

ここに、確かに存在している。


「ありがとう。黒羽丸」


何を考えていたんだろう、私は。

意味があるとかないとか。

彼らとこうして過ごす時間に意味なんて必要ないじゃないか。

黒羽丸を、皆を大切にしたい。

それだけでいいんだ。







「おい。貴様」

呼びとめられて、黒羽丸は黒馬に向き直る。

水姫は少し先を歩いていて、声が聞こえていないようだった。

「礼を言う」

突然の言葉に黒羽丸は目を見開く。

「水姫様はどこか気分が晴れたみたいに思える。ここのところ、ずっと鬱屈としていたからな。恐らく、お前のおかげなんだろう」

そう言って黒馬は目を細めて水姫を見やる。

「我らにとって水姫様のお心は何よりも大事なんだ。…どうか、これからも水姫様のことを頼む。恐らく我らでは出来ぬ事だから」

そう言って水姫を見る黒馬の目がとても優しく、そして僅かに寂しさが含まれているのを感じて、黙って黒羽丸は頷いたのだった。




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