むっつ
「不本意だが、貴様を助ける」
その声が聞こえたのは力尽きて落下している時に聞こえた。
誰の声か確かめる余裕もなく、服の襟が摘みあげられる感覚がしたかと思った瞬間には黒羽丸を襲っていた以津真天とは遠く離れていた。
「な…」
何が起こったのか。
呆気にとられた黒羽丸を、黒馬はさも不愉快だとでも言うようにぱっと手放す。
落ちる、と身構えた黒羽丸だったが、不自然な風が渦を巻いて体を支えたために不機嫌な黒馬と向き合う形で空中にとどまることとなった。
そうして、見つめ合うこと数秒。
相変わらず眉間にしわをよせながら黒馬が口を開いた。
「説明しろ」
短い一言に、状況を把握できていない黒羽丸は顔には出さずに悩む。
彼は誰なのか。
何の説明を求めているのか。
そんな黒羽丸の困惑を読みとったのか、更に苛立ちを募らせたように黒馬は鼻を鳴らした。
「私は貴船の神使であり、水姫様の教育係だ。何があったかを知りたい」
それを聞いて、黒羽丸は納得したが、ためらう。
水姫自身はそんなつもりはないかもしれないが、もしも彼女を巻き込んでいたことが貴船の龍神の逆鱗に触れることになったら、奴良組の存続に関わるかもしれない。
自分の説明一つでもしかしたら奴良組が左右されるかもしれないのだ。
自然と緊張が体を走る。
言葉を選びながら、しかし嘘がないように黒羽丸は経緯を説明したのだった。
「なるほど」
黒馬の冷たい呟きが説明し終わった後の沈黙に転がる。
「たかが妖怪のいざこざに水姫様は巻き込まれ、果てには怪我までも負わされてしまったと」
「申し訳…ない」
黒羽丸は冷や汗をかきながらも頭を下げる。
そんな黒羽丸を黒馬は冷ややかに見下ろしていたが、ため息を一つこぼして言う。
「まぁ、どうやら今回は水姫様の方にも非はあったようだし、こちらとしても妖怪と関わったことなど公にしたくはないから深く咎めはしない」
その言葉に、黒羽丸は密かに息をつく。
「それに、水姫様は何故か奴良組とやらが大層お気に入りのようだからな」
黒馬の呟きが聞こえずに、首を傾げる黒羽丸に黒馬は手を振る。
「何でもない。それよりもどうやら決着がついたみたいだ。下に降りるぞ」
黒馬はそう言うと、再び黒羽丸の襟をつかんで空を翔けたのだった。
「あ、黒羽丸!大丈夫?」
降りてきた黒馬に摘み上げられている黒羽丸に駆けよれば黒羽丸は苦笑して頷く。
「ああ。それよりも、以津真天はどうなった?」
その言葉に私は自分の手の中のものを見せる。
「これは…?」
訝しげに首を傾げる黒羽丸に私は笑む。
「以津真天だよ。邪気を祓ったから今はただの人魂だけど」
そう言って、手の中の大人しい白い鳥をばっと空へと放してやる。
そうすれば、空でニ、三度はばたいた後、まっすぐ下の家の中に入っていった。
「どういうことだ…?」
訳が分からない、という感じの黒羽丸に私はついてくるように促したのだった。
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