いつつ
「何を笑っているんですか。怪我などされて、一体どのようにタカオカミノカミ様に申し開きをすればよいのやら」
笑ったのが気に入らなかったのか冷たい口調で黒馬が言うが、言葉とは裏腹に人に変化した黒馬の顔は心配そうに眉が下げられていた。
普段無表情なだけにどれだけ心配させてしまったのかと思うと申し訳なく思ってしまう。
人の姿に戻って私は素直に頭を下げる。
「ごめんね、黒馬」
「全くです。龍の神気を感じて、何があったのかと駆けつけてみれば、些か理解に苦しむ状況ですね」
そう言って黒馬は組み合っている黒羽丸と以津真天を睨む。
「あれらが原因ですか。神を傷つけた代償が命だけでは軽すぎますかね」
黒馬のまわりの空気が霊力でゆらりと歪む。
まずい。
かなり久しぶりに黒馬が本気で怒ってる。
「ちょ、ちょっと待って!えっと、あの、ちょっと複雑なんだけど、私が怪我をしたのは自業自得で…あっちの鴉天狗の方は私を助けてくれたの!」
必死に言い募るが、黒馬は片眉を少し上げただけで神気をおさめるつもりはないようだ。
その時、黒羽丸が以津真天の力に押し負けて態勢を崩したのが目に入って、はっとする。
「ああもう!とにかく黒馬、黒羽丸を助けてちょっとここから離れてて!」
無我夢中で怒鳴って言えば、黒馬は不服そうに顔をしかめたが逆らう気はないのか、私を屋根の上に降ろすと黒羽丸のもとに翔けて行ってくれた。
追撃する以津真天から黒羽丸をつまみあげるようにして助け出した黒馬は、一瞬こっちへ視線を送った後に空高く離れて行った。
「良かった。これで、邪気を祓える」
二人がだいぶ離れたのを感じてから私は残った以津真天を睨みつける。
そのまま抑えていた神気を放出すれば、あたりを覆っていた靄が晴れていく。
神気は肥大していた以津真天の妖気までも祓ってしまい、残ったのは鴉ほどの大きさの妖鳥だった。
道理で肥大化した邪気の方に物理攻撃を加えても効かなかったわけだ。
しかし、小さくなっても不気味な鳴き声は大きく響いた。
「イツマデ!!イツマデ!!」
鳴きながら以津真天はこちらに向かって攻撃してくる。
その体を水網で絡め取って私はため息をつく。
「これを祓っちゃえば一件落着…だよね」
そう呟いて以津真天を見た私は目を見開く。
「…マデ…イツマデ…イツマデ…」
身動きの取れなくなった以津真天はそれでも弱弱しく鳴いていたのだが、その目からは血の涙がぽろぽろとこぼれていた。
「イツマデ…泣イテイルンダ…イツマデ」
鳴き声ではなく、確かに言葉として聞こえた気がして私は首を傾げる。
言葉を話せたのか。
いや、もしかしたら邪気が祓われて怨霊と化していた人の魂の自我が戻ったのかもしれない。
それならば、と先ほど見えた白いものを思い出して、私は以津真天に手をかざして神水を流す。
神水が流れると、洗い流されるように黒かった体も白く変わっていったのだった。
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