よっつ


“以津真天”
―戦乱や飢餓などで死んだ死体をそのまま放っておくと、死んだ者たちの怨霊が鳥と化して、「死体をいつまで放っておくのか」との意味で「いつまで、いつまで」と鳴く妖怪―




「要するに、こいつが出たってことはどこかにその原因となる死体があるわけだ。それを探してきちんと供養してやれば成仏すると思うんだよね」

そう言って、私は黒羽丸に聞く。

「どこであいつと会ったの?」

「…商店街の上を見回っていた時だ。突然現れた」

「だとしたら、そこが一番怪しいね。とりあえずそこに行ってみようか」

「ああ」

そうして、私はふわりと浮かぶ。

しかし、同じように飛ぼうとした黒羽丸の体が傾いたことで、そう言えば手当てはしたもののとても飛べるような状態ではなかったことを思い出して私は慌てて黒羽丸を支える。

「あんまり動いちゃ駄目だったね。…でも、歩いていくと日が昇っちゃうし…」

うーん…と考え込んでから私はため息をつく。

「あまりこの姿にはなりたくなかったんだけど少しだけならしょうがないかな」


私はくるりと回って、その姿を変える。


「!これは…」


驚く黒羽丸を私は促す。


「早く背中に乗って。この姿だと霊力を大幅に抑えなきゃいけないから疲れるの」

有無を言わせずに黒羽丸を水龍と変じた私の背中に乗せて私は飛び立つ。



「…立派な姿だな」

ぽつりと呟かれた言葉に私は苦笑する。


「私はまだまだ小さいよ。母様の姿なんて貴船の山を一巡りするほどの大きさなんだから」


「そうか。凄いもんだな、神というのは」


妙に感心したように言う黒羽丸が何だか可笑しかった。






「全く、ドンピシャだったね」


商店街の西はずれの方にさしかかったとき、一軒の店の影に黒い靄のようなものがかかっていた。

「あれは、邪気か」

「そのようだね。…あぁ。でも、まずい。本体が来たよ」

すぐ近くまで行ったとき、靄の中から大きな鳥が飛びだした。

そのままこちらに襲いかかって来る。

「しっかり掴まってて!」

そう黒羽丸に言って、私は大きく旋回して避ける。

以津真天の大きな鉤爪と嘴はやっかいだ。

おまけにこの濃い邪気のせいか水を操る力も弱く、とても役に立ちそうにない。

霊力で邪気を祓うことは可能だけど、背中に黒羽丸を乗せたままでは、黒羽丸にも影響が及びかねないから出来ない。物理攻撃しかできないが…。


どうするか。


正直、打開策が見つからずにぎしり、と歯ぎしりをする。


(せめて、黒羽丸を降ろすだけの隙があれば良いんだけど)


速さで以津真天に負けはしないが、相手の邪気は妖怪に対する霊力と同じようにこちらにとっては毒なのだ。少しずつ動きが鈍くなる。

それでも何度かこちらから攻撃をしかけるが、まるで相手は実体がないように、攻撃で失ったはずの体は再び靄に包まれて復活してしまう。

なにか、からくりがあるはずだが…。


そのとき、私の攻撃によって抉れた相手の体からちらりと何か白いものが見えた気がした。

(あれは…)

それに気を取られた次の瞬間、すれ違った以津真天の鉤爪が腹の肉を抉った。

「おい…!」

黒羽丸の声が聞こえたが、返事を返す余裕もなく、痛みで態勢が崩れた私に以津真天の嘴が迫った。


(避け…られない!)


衝撃を覚悟で目をつぶったが、予想に反してガキッと鈍い音がしただけで私はうっすらと目をあける。


「!黒羽丸…!」

空中で、黒羽丸が動かないはずの羽根を無理にはばたかせて以津真天を錫杖で押さえていた。


「早く、逃げろ…!」

痛みのせいか顔をしかめる黒羽丸を視界に捉えながらも体には力が入らず私は落下する。

力を抑えたままで毒を吸いすぎたのだろう。


(あーあぁ。私は肝心なときに役に立たないんだから。せめて霊力が解放できたら…)


しかし、弱っている黒羽丸が近くにいるうちはとても出来ない。

一瞬だろうと、龍の姿で霊力を解放すれば恐らく、黒羽丸は…


そう思いながら落下する体がふわりと何かに受け止められる。

驚いて見てみると、柔らかく渦巻く風に支えられていた。


「全く。水姫様はなんでこんなことに首を突っ込んでいらっしゃるのですか?心配される母上様を宥めるこちらの身にもなって頂きたいものです」

その辛辣な物言いは…


「黒馬…?」


猛々しく鬣をひるがえした黒馬が風を纏って見下ろしていた。

呆れたようにため息をついているその姿がとても頼もしく思えて思わず笑みが浮かんだのだった。





[ 31/193 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -