ふたつ
「…」
「……」
渋々黒羽丸の上から退いた後、何とも言えない沈黙が落ちる。
とっさのこととはいえ、こっちは素のままで力を使ったところを見られてしまっているし、取り繕おうにも相手の反応を窺いたいものなのだが、黒羽丸は警戒するようにこっちを見たまま動かない。
しかし、その間にも黒羽丸の体からは血が流れていて。
私は、はぁっとため息をつくと手を伸ばした。
逃げようとする黒羽丸をひょいっと両手で抱え上げる。
「なっ…!」
いわゆるお姫様抱っこというものをされた黒羽丸は暴れて抜けだそうとするが、力で抑えつける。
人の姿をしているとはいえ、もとは龍神であるのだからそれくらいは容易い。
「あのー…、安心して下さいね。ここ、道のど真ん中なんで、そこの公園に移動するだけですから」
敵意がないことを伝えようとそう言えば、案外あっさりと大人しくなった黒羽丸。
まぁ、それだけ傷が深いわけなんだろうけど、下手に暴れられなくて助かった。
「さて。とりあえず傷を見せてもらってもいいですか」
黒羽丸を公園のベンチに横たわらせて聞けば、曖昧に頷かれるので、これは承諾をもらったということにしてさっさと上に着てる甲冑を取り外す。
甲冑はあちこちに傷が付いていたが、横腹の部分が大破していて、おそらくその場所に深い傷を受けたのだろう。
甲冑を外せば、思った通り、横腹に大きな傷があった。
「これは、突き刺されたような傷だから…やっぱりさっきの以津真天にやられたのかな」
呟きながらその傷を触診する。
傷口を水で洗い流して、内臓がやられてないことを確認してから私は手をかざす。
目を閉じて祈れば傷口は水に覆われて血が止まる。
それを確認してから私は黒羽丸を見る。
「止血はしておきましたけど、激しく動いたりするとひどくなるんでしばらく安静にしておいて下さいね」
そう言って目を見開いたまま固まっている黒羽丸を置いてさっさと離れようとするが、がしっと腕を掴まれる。
やっぱり逃げられないか…。
幸い、公園は薄暗くて顔もはっきりとは分からないだろうから上手くいけばこのままうやむやにできるかもしれないと思ったんだけど。
「貴様、何者だ…?」
「何者…ね。さて。何者でしょうかね」
問いかけられた質問をそのまま返すと、黒羽丸は錫杖に掴まってふらりと立ちあがる。
「妖怪…か?奴良組の者…ではないな」
血を流しすぎたせいか、足元はおぼつかないが目はしっかりとこっちを見てくる。
このまま逃げたら傷をおしてでも追いかけてくるだろうなぁ。
しょうがない。
「分かった。ちゃんと答えるから、動かないで。さっきのは応急処置程度なんだからさ」
諦めて黒羽丸に向き直って、彼をベンチに座らせたのだった。
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