ななつ



「言え!若はどこだ!」

「知らねェよー!あいつの方は牛頭が…」


泣きべその馬頭丸の声を遮るように上から静かな声が降ってくる。


「それくらいにしてあげてくれないか?」


「何者だ!」

声に反応したささ美が上を仰ぐ。

浴場の屋根の上に立っているのは、白い面に頭から派手な羽織を被った奇妙な人影。

異様なその佇まいは妖怪のように思えるが、妖気が全く感じられない。
それでいて威圧感のあるそれに、少なからずささ美は動揺する。

「貴様…牛鬼組の者か!」

「否。そんなことよりも若は捩眼山山頂の牛鬼のもとへ向かった。急いだ方が良いと思うが?」

悠然とした態度でささ美を見下ろすそれの言葉に反応したのは馬頭丸だった。

「な…!お前はあの時の…!おい!あいつが牛鬼様のところへ向かったって…!牛頭の奴はどうしたんだよ!」

演技とは思えない馬頭丸の焦りようにささ美はもう一度確認する。

「それは確かなことなんだな?」

「ああ。他の鴉天狗にも早く教えて向かった方が良い」

「…そうか。かたじけない」


そう言うと、ささ美はばさりと翼を広げて飛び立ったのだった。








「全く。牛頭といい、お前といい、本当にどうしようもないな」

ささ美が去ったのを見送ってから私は屋根から降りて、逆さ吊りにされた馬頭を呆れたように見る。

「なんだよ!なんなんだよ、お前は!牛頭はどうしたんだよ!」

ぎゃあぎゃあと喚く馬頭を無視して、とりあえず馬頭を吊るしている縄を切る。

そのまま真っ逆さまに落ちた馬頭は頭を見事に地面に打ち付けて悶絶していたが、そこはご愛敬だ。

「牛頭は大丈夫だ。とりあえず彼女達にこれ以上何をしても無駄だ。牛頭と合流してどうするか考えるんだな」

私はゆらちゃん達を横目で見ながら答えてやる。

馬頭はしばらく呻きながら考え込んでいたが、どうするか決心したのか立ち上がる。

「いいか!お前!牛鬼様に何かしてみろ!ただじゃおかないからなぁ!」

とかいう捨て台詞を言い残して馬頭は森の中へと消えていったのだった。




さて。これでようやく心残りなく春奈の捜索に戻れるな、と私も浴場を後にしようとした時

「待ってぇ!あんた、あの時の…」

ゆらちゃんに呼びとめられてしまった。

そう言えば旧鼠の時にゆらちゃんの前に姿を現してたんだっけ。

私は振り返ってゆらちゃんを見る。

「無事でよかった。もう襲撃はないだろうから大丈夫だよ」

「そ、そうなんか…。いや、それよりもあんたも妖怪なんか?」

まっすぐ見つめてくるゆらちゃんの顔がやけに真剣だったから私もはぐらかさずに答えた。

「違うね。人でもないけど」

「…!なら、一体なんなん?あんたからは妖気もせぇへんし妖怪じゃないのは納得できるんやけど…」

混乱したように考え込むゆらちゃんの様子に思わず笑いが込み上げる。

「人ならざる存在は妖怪だけではないよ。じゃあね、陰陽師」

「あっ…!」


ゆらちゃんはまだ言いたい事がありそうだったが、これ以上話してボロを出すのもまずいし、さっさと話を切り上げて浴場を後にしたのだった。









「さて、残る気配は…北に二つと西に二つ…か。どっちかは多分カナちゃんと雪女だろうな」


どっちにしろ、春奈の近くにもう一つ気配があるということが気にかかる。

とりあえず急ごう。






「…!いた!」

結局、春奈は遠い方の気配だった。
この子はどんだけ遠くまで探しに行ってたんだ、全く。

遠目から見る分には春奈は一人で階段に座っているように見える。


「春奈?」

座っている春奈にとりあえず駆け寄りながら声をかけるが反応がない。

まさか…!

焦りながら春奈のもとに駆け寄って肩に手をかける。

が。


「すぴー…」

「寝て…る?」

うん。ぐっすりだ。

思わず力が抜けてその場にへたり込む。

「良かっ…た」

ほう、と息をついた私は、ふと春奈の横の存在に気がついた。

シュー、とちろちろ舌を出しながら首を傾けていたのはあの時の道通様だった。

「道通様が、春奈を守ってくれていたの?」

聞けばこくんと頷く道通様。

道通様はお供え物をすると道中、妖から身を守ってくれる妖怪と神様の中間に位置する妖怪神だ。

捩眼山に登った時にお供えしたのを覚えてくれていたみたいだ。

「ありがとうございました」

お礼を言うと、道通様は役目が終わったとばかりに森の中へ姿を消してしまった。


本当に、春奈が無事でよかった。

私は春奈の幸せそうな寝顔に苦笑しながら起こさないように静かに抱き上げてゆっくりと別荘に向かったのだった。



長い夜が明ける。




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