いつつ
「ふぅ。今のは牽制になったのかな?」
衣面をバッグにしまいながら私はため息をつく。
だってもっと的確に注意したかったんだけど、牛頭めっちゃ短気なんだよね。
私の話全然聞いてくんないし。
まぁ、後は私に出来ることなんてないし、傍観することにしますか。とりあえず私の言葉を聞いて、あまり誰も傷つかずに終わってほしいな。
はぁっともう一度ため息をついてからすっかり暗くなった道を私は歩き始めたのだった。
「あれぇ?高尾サンじゃん」
清継くんの別荘に着くと、丁度女子が温泉に入ろうとしているところだった。
もちろん春奈もそこにいるだろうと思って、脱衣所に向かったのだが…
「…?あれ、春奈は?」
春奈の姿が見当たらずに首をかしげる。
すると、巻ちゃんが外を指さす。
「春奈なら高尾サンが帰ってこないから心配だって言って探しに行っちゃたよ」
「…え?」
何だって…?
あまりのことに頭がついていかず、思わず呆けてしまう。
「危ないからやめときなって止めたんだけど、近くを見てみるだけだからって。会わなかったの?」
鳥居さんが心配そうに尋ねてくるが、私は答えることができなかった。
とにかくこの場でじっとしているわけにはいかない。
もともとイレギュラーな存在の私達に何が起こるかなんて分からないのだ。
私はばっと身を翻して、再び外へ向かった。
「お願いだから、春奈…!無事でいて…」
祈るように呟きながら私はとりあえず別荘の近くを走りまわって春奈を探す。
しかし、全く気配が感じられない。
もっと遠くへ行ってしまったのだろうか。
だとしたら闇雲に探してもしょうがない。
私は立ち止まって息を整える。そして目を閉じて意識を集中させた。
そして、両手を広げて霊気を放出させた。空気中の水素を媒介にして霊気を広範囲に拡散させて遠くの気配を読むのだ。
やがて蜘蛛の糸のように霊気を空気中に張り巡らせて動きのあるものを意識に捉える。
そうして捉えた気配は9…11…、意外と多い数に思わず舌打ちをする。
その中には恐らく牛鬼組の妖怪達も入っているのだろう。
この技では動きのあるもの全てを捉えてしまうため、人間か妖怪か区別できないところが辛い。
しらみつぶしに確認していくしかないか。
そう決心して私は一番近い気配に向かって走り出したのだった。
「またハズレだ」
私は目の前の大きな蜘蛛のような妖怪の前でため息をつく。
うなり声を上げて襲いかかってくるその妖怪を水でできた蜘蛛の巣のような網に引っ掛けて動きを止めてから私はもう一度気配を探る。
(ここから一番近くの気配は…少し先にいくつか集まっているな)
もしこれが春奈だとしたら妖怪に襲われている危険性がある。
急がないと。
「…―!!ぁ―!!」
微かに聞こえてきたのは人の叫び声。
それを聞いて一気に全身の血が引いていく。
「…春奈!」
全速力で向かった先には
―ガッ
―ギィンッ
「奴良くん…に牛頭…」
あ、あっぶねぇ!
もう少しで飛び出してしまうところだった…!
寸でのところで踏みとどまった私を誰か褒めて欲しい。
ばくばくとうるさい鼓動をおさえながら私は息をつく。
「あぁ。あれくらいのことで物語が変わるはずがないよねぇ…」
視線の先には傷ついた雪女。
ならばこの後の展開で牛頭が傷つく結果も変わることはないだろう。
全く。春奈を早く探さなくちゃいけないのに。
私にはどうしてもここを離れることができなかった。
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