みっつ


「…梅若丸は“鬼”となり、この山に迷い込む者どもをおそうようになった」


化原先生の話が一区切りついたとき、春奈が私の手をぎゅっと握ってきた。

「どうした?春奈。怖い?」

顔色を窺うように尋ねてみるが、春奈はふるふると首を横に振る。

「違うの。梅若丸は…悲しいね」

俯いて震える春奈の顔を屈んで覗きこんでみれば、春奈は目に涙をいっぱいにためていた。

私はそれを見て、春奈の頭に手を置いて、くしゃくしゃっと撫ぜる。

「優しいね、春奈は。…大丈夫だよ。梅若丸には新しい家族ができたから。もう寂しくはないよ」

そう呟くように言うと、春奈は不思議そうに首を傾けた。

それを見て、私は苦笑する。

「何でもないよ。ほら、早く行かないと置いてかれちゃうよ」

そう言って、立ち止まってこっちを見てくる春奈を促したのだった。





「爪!?」

地面や木に突き刺さったモノを見て、皆が悲鳴をあげる。

「ここは妖怪の住まう山だ。もげた爪くらいでおどろいちゃーこまる。


山にまよいこんだ……旅人をおそう妖怪…


名を“牛鬼”という」






「いーやだぁ−!」

「帰ろーよぉ、こんな山ー!」

鳥居さんや巻ちゃんが抗議の声をあげる。

まぁ、無理もないけどね。あんな爪を見たあとじゃ、妖怪が出ないと思う方がおかしい。
普通の人ならば帰りたいに決まってる。

…そう、普通の人なら。

「待ちたまえ!!」

山を降りようとする奴良くん達を清継くんの声が引きとめる。

「暗くなった山をおりる方が危険だ!!それにおりてもバスはもうない!」

いや、確かに正論なんだけどねぇ。
それは妖怪がいないことを前提としたうえでの正論であって、牛鬼が実在するこの山では明らかに降りた方が安全なのだが…


「はぁ…。春奈が危ない目に遭わなければいいんだけどなぁ…。ちょっと釘をさしとくか」

赤く染まった空を見上げて私はぽそりとこぼしたのだった。







「水姫!清継くんの別荘あっちだって!早く行こうよ!」

さっきと打って変わってはしゃぎだした春奈に、私はひらひらと手を振る。

「あー…。場所は分かったから、春奈先に行ってて?ちょっと落し物してきたみたいだから取りに戻るわ」

そううそぶくと、春奈は不安そうに眉を下げる。

「一人じゃ危ないよ?本当に妖怪でるかもしれないし…。私も一緒に…」

あぁ。うん。そう言われるのは目に見えてたけどね。

「多分ついさっき落としたばかりだから大丈夫だよ。あんまり人に見られたくないものなんだ。ごめんね」

良心が痛むが、有無を言わせない口調で春奈の言葉を遮って背を向ける。

「…!水姫!すぐ戻ってきてね!」


「…うん。春奈も危ないから皆と一緒にいるんだよ」


泣きそうな春奈の声が心に突き刺さった。







「今宵は新月。あらしの夜。

大将の首を狩るにはふさわしい夜だ」

ザッと木の上に人影が現れる。

「牛頭丸」

既に木の上にいたもう一つの人影が名前を呼ぶ。

「馬頭丸よ。うまく留まらせたようだな」

牛頭丸の言葉と同時に山が風に煽られてざわざわとざわめく。

「ここまでが大変だったぞ。ここからどうすれば?」

馬頭丸が牛頭丸に問いかける。

「若頭には…常に側近とやらがいるようだ。どれかはわからんがな。

まずは奴らをバラバラにすること。そして―

一人ずつ片付けることだ」


にやりと牛頭丸が笑って言ったとき―


「まぁ、ほどほどにな」


突然ふってきた静かな声に二人はばっと身構える。

「誰だ!?」

牛頭丸が腰の刀に手をかけて怒鳴る。

その声に反応するかのように向かいの木の陰からするりと一つの影が姿を現した。

「なっ…!?」

その姿に、牛頭丸も馬頭丸も目を見張る。

妖気も気配もなく、ただ静かに流れる水のようにそこに“それ”はいた。






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