ひとつ
「ぐああああぁ!!また負けたぁぁ!」
「くそー!またリクオと花開院さんの勝ちかよ」
「ちくしょー!持ってけよ…。賭けたお菓子持っていきゃいいだろー!!」
「えー!このガルポ楽しみにしてたのになぁ…」
騒がしい叫び声の中、ぽつりと場違いな発言をする春奈の言葉に私は一人で笑っていたのだった。
「あ、あのさ…」
一人、通路を挟んだ席で本を読んでいると、声をかけられたのでおもむろに顔をあげる。
「あれ、奴良くん。どした?私に何か用?」
ためらいがちに声をかけてきたのは奴良くんで私は首をかしげる。
「いや、あのさ、高尾さんも一緒にやらない?やっぱり一緒に行くんだから皆と遊んどくのも良いと思うんだよね!」
そう言って、あはは、と笑う奴良くんの顔を見て私は密かにため息を漏らす。
あぁ、良い人過ぎる。
きっとこのメンツの中で一人だけ明らかに私が浮いてるのを察して輪の中に入れようとしてくれてるんだろう。
だけど、私は積極的に彼らと関わるつもりは毛頭ない。
今回は春奈のたってのお願いでこうして一緒に来たけども、本来なら少しでも私の存在がばれないように隠れて見守るべきだったのだ。
「ありがとう。だけど私は良いよ。そっちの席すでにいっぱいだし。それよりも春奈のガルポだけは返してあげてくれないかな」
にこっと笑んで言うと、奴良くんは困ったように笑う。
「そっか…。大丈夫だよ。どうせお菓子は皆で分けるし!そういえば、高尾さんって加賀さんのこと本当に大切にしてるよね」
突然の言葉に私は首を傾ける。
「だって、今日初めて高尾さんと会ったけど、ずっと加賀さんのこと優しい目で見てるから…。きっとすごく大切にしてるんだろうなぁって」
その言葉に今度は苦笑が口からもれた。
「あはは。奴良くんってよく人のこと見えてるね。そうだね。私は春奈を大切に思ってるよ。…でもね、私にとっては奴良くんや皆も大切な人たちなんだよ」
そう言うと、びっくりしたように目を見開く奴良くんに笑いかけながら、向かいの席に座るように促す。
「そういえば、私は奴良くんにお礼を言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「お礼?」
でも、初対面だし…、と困惑する奴良くんに私は頭をさげる。
「覚えてないかもしれないけど、春奈を助けてくれてありがとう」
頭を下げていて分からないが、気配から奴良くんがはっと息を呑むのが聞こえた。
どうやら、その話は覚えているらしい。
「た、高尾さん…!顔をあげてよ!そんなの高尾さんにお礼言われることじゃないっていうか…!当たり前のことしただけだから!」
当たり前か。
生徒が教師のそういう場面を見て“当たり前”に動ける中学生なんて一体どれだけいることだか。
本当に、器は申し分ない大きさだな。
実際目の前にして笑みがこぼれる。
これが妖怪の次期総大将。
「私は…このご恩、忘れません。例え誰が裏切ろうとも私はあなたの味方であると約束します」
顔をあげてにっこりと笑って言うと、奴良くんは大げさだよ!って笑った。
今言ったこの言葉に嘘偽りがないことにあなたは果たして気付くのかどうか。
まぁ、気付かれちゃダメなんだけどね。
はぁ、神様ってめんどくさい…
「おーい、奴良くん!続きを始めるぞ〜!」
清継くんの声に奴良くんは返事を返して、私を見る。
「じゃあ、高尾さん!とりあえずこれから合宿だし、改めてよろしくね!」
「うん。こちらこそ。気が向いたらそっちにも参加させてもらうよ」
とりあえず、他愛のない言葉で奴良くんを送り出してから私は再び本に目を落とす。
捩目山到着まであと1時間。
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