ここのつ


「な、なんで…?」

思わず尋ねてしまったのは仕方がないだろう。

春奈は私の予想の遥かかなたを飛び去ってしまったのだから。

いや、私も清継くんよりかは(申し訳ないけど)全然良いと思うよ。

良い人だし。人柄は保証できる。

できる…けど、彼は妖怪のクォーターで次期妖怪の総大将なんだよ!

…って言えないのがもどかしい。

「あのね、前に私日直で先生に遅くまで残されて…」


悶々と悩んでいるうちに春奈が話し出したので耳を傾ける。

「その時に…5組の先生がやってきて…」

ん?
てっきり日直の仕事を奴良くんが手伝ってくれて…ってパターンだと思ってたけど…

続きを言いづらそうに俯いてしまった春奈を見て、ふと嫌な予感が頭をよぎる。

5組の先生って確か…ちょっと太ってる特に冴えない中年のおじさんだ。

入学してそんなに時間は経っていないが、良い噂は聞かない。




まさか…

「まさか、先生に何かされたの…?」

最悪のパターンを恐る恐る聞いてみると、静かに春奈は頷いた。

「中学に入ったばかりから、よく絡まれてたんだけど…その日、誰もいない校舎で…」


バンッ!

辛そうに続きを話す春奈を見ていられなくて私は思わず机を叩いた。

「な…にそれ!どうして今まで黙ってたの!?そんなの完全にセクハラで訴えられるんだよ!?」

立ち上がってそう一気にまくしたてると、一瞬ぽかんとした春奈だったが、ふっと笑うと静かに、いいんだ、と呟いた。

「未遂…だったもん。その時に奴良くんが丁度通りかかって助けてくれたの。もう一度私に近づけば今までのこと全部教育委員会に訴える!って言ってくれて…。それ以来一度もあの人私に近寄ってこなくなったんだ」

「そ…んな…」

私はへたりと座り込む。

悔しかった。春奈がそんな目にあっていたなんて知らなかったことが。仕方がなかったとしても何もしてあげられなかった自分が。

そして同時に感謝した。
奴良リクオという存在に。
漫画の主人公という概念しか持っていなかった彼の存在が初めて自分にとって現実のものであると認識できた瞬間だった。


「いいんだよ、水姫。もういいんだ。でも、やっぱりその時のことは私にとって特別で…だから奴良くんも大切なの」

花が綻ぶように笑う春奈の笑顔が私にはとても眩しく映った。






「じゃ、水姫。また明日ね!」

鳥居の前で手を振る春奈に私は手を振り返す。

「うん。…仕方がないからその合宿とやらにも付き合うよ。週末だよね?」

本当は一緒に参加するのではなく気付かれないように見守っていたかったのだが。

あんな話を聞いた後では春奈に協力せざるを得ないしな。


そう言うと、春奈は嬉しそうに頷いた。

「ありがとう!奴良くんのこともあるけど…本当は水姫とお泊りできるの、すっごく楽しみだったんだ」


あぁ!もう!
本当に可愛い子なんだから!

思わずぎゅっと抱きしめると、春奈が耳元でぽそっと呟いた。




「…え?」


次の瞬間、春奈は悪戯めいた笑顔を残して鳥居をくぐって行ってしまった。





『水姫のおうち、不思議だけど私は好きだよ』






「あ、ぁあああ!!」

私は思わずその場で頭を抱えてしまった。

すっかり忘れてた。

「そう言えばここ、異世界だった…!明らか外見と中身じゃ違うんだった…!」


説明とか弁解とか何もしてねぇ!

え?でも、あの春奈の反応はなんだ!?

良いのか?何も言わなくて良いのか!?


どうすればいいんだぁ…!




しばらく、私は鳥居の前に座り込みながらうんうん悩み続けていたのだった。





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