いつつ

「あの…」

黙ったまま手を引く男神に声をかけると、彼が振り向く。

「すまない。あれの発言を許してやってくれ。彩風は気位の高い姫ゆえ、物言いにきついところがある」

「い、いえ…。私はもう気にしていません。それより、貴方は…」

言いよどむと、男神はああ、と頷く。

「失礼した、まだ名乗っていなかったな。私は禍津日神が一子、大闇毘古(オオクラビコ)と申す」

綺麗な一礼に慌てて私も名乗ろうとしたが、それを彼は首を振って止める。

「そなたのことは存じている。夜護殿。瀬織津姫殿からよしなに頼まれている」

「瀬織津姫様?」

突如出てきた、遠野で出逢ったあの神の名に眉をひそめる。

「ああ。瀬織津姫殿は私の叔母だ」

「!」

思いがけない関係に思わず目を見開いた私に、ふっと表情を緩めて、彼は再び歩き出した。

「叔母様も出雲にいらしている。後で挨拶に伺うとよいだろう」

それに私は頷いてから、少し首を傾げる。

「大闇毘古様、なぜ、穢れのある私にこのように接してくださるのですか?」

純粋な疑問だった。

あの場にいた、どの神よりも彼からは強い神気を感じた。
それと同時に、どこか自分と同じ匂い…黄泉の国の香りがした。

一体、彼はどういう神なのだろう。

そんな私の思いを感じ取ったのか、彼は少し苦笑した。

「様はつけなくともよい。…そうだな。それは、同じく私も穢れを背負う身であるということがひとつ」

「穢れを背負う身…?」

話しやすくするためか、大闇毘古は歩みの速度を少し落とした。

「ああ。私は黄泉の国の亡者の管理をする者。黄泉の国はイザナミ様が治めておられるが、あの方は黄泉からは出られぬゆえ今は私が現世との諸事を代理で司っている。穢れなど今さらだろう」

「亡者の管理…?」

その言葉に、私は息を止める。

「では…黄泉より蘇りし晴明のことは…?」

完全に足を止めた私を振り返って、大闇毘古はまっすぐ私を見つめる。

「もちろん、存じている」

「!…ならば、なぜそのままに?迷い出てきた亡者を連れ戻すことが務めではないのですか?」

声を荒げた私を無視して、大闇毘古は再び歩き始める。

風の音も、鳥の声も何も聞こえない静寂の中、砂利を踏む私達の足音だけがやけに大きく聞こえた。

しばらく黙ったまま歩いてから、彼はぽつりと呟いた。


「“時”ではないからだ」

「時…?」

その言葉の真意が計れずに私は目を細める。

「そう。一度現世と交わった者をイザナミ様は大層嫌われる。ゆえに奴はもう一度、死なねばならぬ。しかし、蘇ったとはいえ、奴は人。私が手にかけるわけにもいかぬ」

「っ、」

そして、彼は笑った。

うっそりと暗い笑みはどこか私の目を惹きつけた。

「私がそなたに接するもう一つの理由は、もう分かっているだろう?」

答えてみろ、と視線で促されて私は唇を噛みしめる。

「私に妖を扇動させて、晴明を倒させるおつもりですか?」

これしか考えられないが、私の解答に対しての返答はなかった。
大闇毘古はすでに笑みを消していて、その表情からは何を考えているのかは分からない。

やがて、白い砂利道が石畳に変わったところで、大闇毘古がいつの間に手にしていたのか、私が熊野でもらった数珠を差し出した。

「ここから先は神の坐る場所。辛いだろうが、もう一度この数珠を」

頷いて右手にはめれば、穢れは数珠に吸い込まれるが、代わりに酷い鈍痛が全身を襲った。

「大物忌神様のところまで少しの辛抱だ。堪えてくれ」

大闇毘古の真意は計りかねるが、そう言ってくれる言葉からは、気にかけてくれている気持ちがにじみ出ていて思わず笑ってしまった。

怪訝そうに私を見る彼に、なんでもないと首を振る。

「ごめんなさい。ただ、貴方はいい人だなって思って…あ、いい神様、か」

「いい神様?」

私の言葉を繰り返して、彼は不思議そうに首を傾げる。

「勘違いでなければ、そなたは今しがた、私はそなたを利用するために近づいたということを理解したのだと思ったが」

「ええ。そうですね」

相変わらず笑ったままの私を、不思議なものでも見るように大闇毘古は見つめながら首を傾げていたのだった。



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