よっつ

「夜護淤加美神様ですね」

鳥居のもとまでいけば、そこに受付のようなものがあり兎耳のある神獣らしき綺麗な女性の方々が神様の名前を記していた。

白尾さんが言うには、ここは稲佐の浜というところで、かの有名な因幡の白兎伝説の地であり、彼女らはその子孫なのだとか。

「初めての参加の御柱様にはあちらの神楽殿横の禊の池にて穢れを洗い流してから本殿に案内させていただきます」

「え、今から、ですか?」

驚いて尋ねると白兎さんは笑顔で頷く。

「はい。決まりですので」

「神使は…」

「もともとここで神使やたくさんの御伴様にはここで別々に案内させてもらいますので」

「別れるの!?」

そんなことは聞いていなかった、と白尾さんを見ると白尾さんは肩をすくめる。

「私は神でも末席じゃったし、神使などおらんかったからなぁ」

要するに知らなかったらしい。

少し心細い気もするが…決まりなのでは仕方がない。


「御柱様には十九社という社にて7日間を過ごしていただきます。その間のお世話は我ら因幡の兎がしっかりとさせていただきますのでご心配なくゆったりとおくつろぎくださいませ」

その笑顔は優しげだったが、口調は非常に事務的だった。

「では、こちらへ。新しく参加されます他の御柱様はすでに揃っております」

「はい。…じゃあ、またあとで」

獏と白尾さんに名残惜しく手を振ってから白兎さんについていく。

その先には鏡のように澄んだ綺麗な池。

浮かぶ蓮の花。

すでに到着していたらしい美しい他の神様たち。

といっても数柱ほどしかいなかったが。

まぁ、そんな頻繁に神様の子供が生まれるわけでもないのだろうからこんなものなのだろうか。

というか、今年初めての参加ということはここにいる神様は皆、自分と同い年ということになる。

同い年の神様に逢うのは初めてだったから、少し嬉しい。


「お揃いですね。それでは、今年初めて参加される神に御加護を」

そういって、白兎さんが池の水をひしゃくで汲んでくる。

「それでは、まず竜田比売姫(たつたひこひめ)様が御息女、彩風比売姫(あやかぜのひこひめ)様」

呼ばれた神様はやはり私と同年代ほどの綺麗な女の子だった。
紅葉をあしらった着物に結い上げた綺麗な髪を枯れ枝のようなもので留めているのがまた美しかった。
風が吹いていないのにその子の周りだけ風が吹いているところを見ると、風神なのだろうか。

その子はためらいなく白兎さんから受けたひしゃくの水を飲んだ。

そして今度は違う白兎さんが出てきて、またひしゃくで水をくむ。

どうやら一柱に一兎さんがつくらしい。

そして2柱ほど終えたところで私の番がきた。

「高淤加美神様が御息女、夜護淤加美神様。どうぞ」

私の担当の兎さんは他の白兎さんより一回り小さな兎耳の子だった。

その子からひしゃくを受け取って、他の子と同じように口につけた。

瞬間。


―ズキン


カラン、とひしゃくが地面に転がった。

「や、夜護淤加美神様…?」

慌てたように、白兎さんがわたわたしていたが、私は気にすることも出来ずに膝をつく。

右手の痛みが、頭にまで鈍く響く。

「あ…、う…!」

左手で右腕を押さえてうずくまると同時にスサノオ様からもらった数珠がするりと落ちた。

途端に沸き上る黒い靄。


「夜護、淤加美神様…!?」

白兎さんの驚愕した声と、他の神様たちのざわざわとした声が聞こえた。

「あれは…」

「もしや…」

そのざわめきの中、一際透き通った声で誰かが言う。

「おお、汚らわしい。そこな神、穢れを背負うておるではないか」

痛みをこらえながら見上げると、一番最初に呼ばれた神…彩風比売姫が私を見降ろして、嫌そうに着物の袖で口元を隠していた。

「これ、白兎。我はこのような者と同じ場所にいたくなどないぞ。はよう連れていけ」

「…、!」

言い返したかった。

これは、戦った証なのだと。

大切な人が守ってくれた証なのだと。


しかし、その前に遠巻きにしていた若い神の中から違う声が聞こえた。


「そのような発言は感心しないな。その者が何を背負って穢れを負っているのか私たちは知らぬのだから」

だれ…だろうか。

まだ禊を受けていない神様のようだが、彩風比売姫は彼を知っていたようで、馬鹿にしたように鼻で笑う。

「なんじゃ。禍津日神(まがついのかみ)の倅ではないか。おぬし自身、穢れの塊のようなもの。憐憫でも感じたか」


禍津日神…?

確か神々の嫌われ者、と母様から聞いたことがあったような…。

しかし、目の前にいる男神からはそんな雰囲気は微塵も感じられず。
むしろ今いる他の神々よりも叡智を宿しているような彼はとても気高く見えた。

「白兎よ。これほど深き穢れはこの池では落とせぬ。大物忌様のもとへ私がお連れしよう」

彩風比売姫の言葉には取り合わずに、そう言った彼は、かがんでうずくまる私の顔を覗き込む。

「大事ないか。半端な禊を行った身では辛かろう。立てるか?」

彼の言葉に、半ば呆然としつつも頷けば彼は手をひいてどこかへ向かって歩き始めたのだった。


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