みっつ


「さ、準備はよろしいですか?」

龍蛇神様はそう最後に尋ねて、一気に飛び立った。

自分でも龍になって飛ぶことはあるのだけれども、他の神様に乗って飛ぶのは初めてだ。

「なんか…変な気分ね」

呟くと、獏が首を傾げる。

「そんなものなのか?」

「そうそう。海を泳ぐときに浮き輪をしているような…」

「そう…なのか…?」

私の例えに獏が顔をしかめたのが面白くて笑うと、つられたように獏も少し口元をゆるませたから私は目を丸くする。

「獏のそういう感じに笑った顔、初めて見たかも」

言えば、獏は少し気まずそうに目を逸らす。

「まぁ…いろいろと、背負っていたものがなくなったから。…な」

その言葉に、私は目を細める。

「そう。…よかったね」




「ああああ」

「!?」

突然の声に体をびくっと震わせて振り返ると、白尾さんが肘をつきながらじと目で私達を見ていて首を傾げる。

「な、なに?」

「いやあ?やはりお前は高淤の娘じゃと思うてな」

「は?」

いらいらとしたようにちっと舌打ちをしてぶつぶつと白尾さんが何かを呟いていた。



「あっちでもこっちでも男を誘惑しおって。無自覚なぶん、高淤よりもたちが悪い。これで見張っておけとは高淤の奴、無茶を言い寄るわ」

「待て。俺は誘惑などされてないぞ」

「よう言うわ、小僧。では、おぬしはあいつに好意を持っとらんのか?」

「お、れは…家族として、」

「ええい!男が言い訳などするな!見苦しい。私がおらぬ間に何があったか知らぬが、明らかに態度が変わっておるぞ、おぬし」




「…?白尾さんと獏だけでこそこそとなに話してんのかしら」

まぁ、神使同士仲がいいのはいいんだけどね。

微笑ましい二人の光景から、私は目の前に迫ってきた出雲に目線をうつし、その様子に目を見張った。

向かっている先からものすごい神気が。

そしてうっすらと見える白く浮かぶ無数の龍蛇神とやってきた神々の御伴。
出雲は霧や靄のように神気に覆われて白く煙って見える。


「ささ。夜護淤加美神様。出雲に御着きになりましたよ」

連れてきてくれた龍蛇神様がそう言って、降りたところは立派な注連縄に白い紙垂が揺れる大きな鳥居。

「ここからは歩いて向かって下さいませ」

そう言って去ってしまった龍蛇神様を見送ってから改めて鳥居を見る。

すぐ近くに降ろしてくれたのかと思えば、まだまだ鳥居までは遠く参道が続いていた。

すでに闇の帳は降りていたが、長い参道を提灯の灯りが仄かにちらりちらりと揺らしていてなんとも幻想的な光景だった。

さらに、その道を次々といろいろな神様たちが通っていく。

人の形をしている神様。
半身が獣や蛇のような神様。
見上げるほど大きな神様もいれば、踏んでしまいそうなほど小さな神様もいる。

それぞれ姿は様々だけれども、纏う神気はどれも澄んでいて。

右腕に穢れを抱える自分が異端だと、思わずにはいられなかった。



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