ひとつ

「水姫!久しぶり!」

夏休み明けの学校で最初に見れたのは春奈のとても素敵な笑顔でした。

もうこれだけで私はいろいろと満足です。
ごちそうさまです。

そんなことは口に出さずに私も笑顔で挨拶をかえす。

「久しぶり。元気だった?」

尋ねれば、頷いてへへ〜と笑う春奈。

「夏休み、水姫と会えなかったから寂しかったよ」

少し、陰りのある顔でそう言われると、胸が少し痛む。
まだ、春奈たちには言っていない。

私のこと。なんにも…伝えてない。

「そ…だね。あの、さ」

私は春奈の目を見る。

「私、春奈たちに隠してることが…あるんだ」

まっすぐな瞳が胸を突き刺す。
それでも。


まだ、言えない。
しっかり晴明との決着をつけないと、春奈たちを巻き込むかもしれないから。

「今は言えないけど…いつか絶対話すからさ。そのときは…」

「信じるよ」

「え?」

春奈の言葉に、私は思わず声をあげる。

「水姫が何か隠してるのは知ってる。実は、私も水姫に言ってないこともあるしさ。でも、どんなことがあったって、私は水姫を信じるから」

春奈の柔らかい笑顔に思わず惹きこまれた。

「言いたくなったらいつでもこの春奈さんの胸にどーんと吐き出しちゃってよ!」

明るい春奈の笑顔にいつも、救われる。

「ありがとう」

だから、私も笑える。

春奈を…みんなを守るために、戦える。





学校が始まったとはいえ、私は穢れの影響でしょっちゅう高熱を出していたために9月はほとんど休みがちだった。

登下校中に倒れてしまうこともあったから、白尾さんと獏が交代で私を送り迎えしてくれる毎日だ。

リクオくんも、三代目を襲名して忙しいらしく珍しく学校を休んだり、早退したりなど、私達にとっては慌ただしくあっというまに時間は過ぎて行った。



そして、11月にはいったある日。

我が家に珍しい客がやってきた。

「夜護淤加美神様。お迎えに上がりました」

巨大な海蛇だった。

「え?どういうこと?海…蛇、なんだよね…?」

海蛇なのに空を飛んできた巨大な蛇を見上げながら困惑している私の横で白尾さんが思い出したように頷いた。

「龍蛇神の迎えということは…そうか。もう神在月か」

「神在…?あ…!私も神議りに参加するの?」

旧暦では10月を神無月という。
それは、日本全国の神様が出雲で一年に一度の会議をするためにいなくなってしまうから。
だから、出雲では旧暦10月を神在月というのだ。
ま、今は時期が少しずつずれていって11月になっているのだけど。

そして、そこで開かれる会議が神議り。

今まで母様が参加しているのは知っていたが、自分が呼ばれたことは一度もなかった。
だが、神名を授かった一柱の神となったからには今年から私も参加することになるのだろう。

しかし

「学校…どうしよう…」

流石に11月まるまる休むわけにはいかないし。

困って顔をしかめたが、迎えに来てくれた龍蛇神様が舌をちろちろ出しながら笑う。

「それでしたら大丈夫ですよ。神議りは7日で終わりますから」

「え!?そうなの?…でも、母様はいつも11月いっぱい帰ってこなかったけど…」

驚きながら呟くと、呆れたように白尾さんが言う。

「あいつは出雲へ行くといつも遊びほうけていなくなってしまうからな。白馬と黒馬が苦労していたのが目に浮かぶわ」

「あ、そう…」

その言葉に私も苦笑してから頷く。

「分かったわ。じゃあ、私達も神議りに向かいますか」

と、そこではたと首を傾げる。

「あれ?これって神使も連れて行っていいのよね?」

白尾さんに聞くと、頷かれる。

「ああ。しかし…」

白尾さんが珍しく真剣な表情で私を見る。

「…この会議、お前には辛いものになるやもしれぬ。覚悟はできておるか?」

それが、母様と穢れに関係しているのだということはすぐに分かった。

穢れは神々に忌み嫌われるし、私は偉大な神であり、母である高淤加美神を眠りにつかせた張本人。

神々の間でどのような扱いを受けるか、だいたい想像はつく。

「分かってる。でも、逃げるなんてできないよ」

ここで逃げたりなんかしたら、母様に顔向けができない。

「どんなことが待っていたって、私は母様の娘として胸を張っていくよ」

母様の名に傷をつけたりなんかさせない。

穢れだって、精一杯戦った証だ。

なにも、恥じることはない。

大丈夫。

そう言い聞かせて、私は白尾さんと獏とともに出雲へ向かったのだった。



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