とあまりむっつ


「水姫…?」

窮奇さんの言葉に呆気にとられていた私は、後ろから声が聞こえてきてはっと振り向く。

「リクオ…」

縁側で驚いたように私を見ているリクオと目があうと、次の瞬間。

ふわり、とリクオの香りに包まれた。


「ちょ、どうしたの?リクオ」

突然抱きしめられて困惑する私をさらに力強く抱きしめてリクオが言う。

「お前が、あいつを追いかけるっつっていなくなってからもう三日経つんだぞ?どこに行ってたんだ」

「み、三日?」

思いがけない言葉に思わず声をあげると、リクオが少し離れて私を見る。

「まさか…知らなかったのか?」

「え、ええ…」

間近にリクオの顔があるのが恥ずかしくて、俯きながら答えると、リクオは深いため息をついた。

「全く、どれだけ心配したと…。まあ、いいか。話は出来たのかい?」

「ええ」

その問いには笑顔で頷けば、リクオは私の髪を梳きながらよかったな、と言ってくれた。

それがなんだかすごくこそばったくて、私が目を細めて笑うと、機嫌を良くしたのかリクオも柔らかく笑う。

そんなとき

「いちゃつくのもいいが、獏の小僧は放っておいてもいいのかえ?」

「!?白尾さん?」

いつの間にか庭の枝垂れ桜の上で私達を見下ろしている猫姿の白尾さんを見つけて、私は慌ててリクオから離れる。

いや、こんな姿恥ずかしくて見せられませんよね!


「全く。お前の帰りがあまりにも遅いから見に来てやったと思えば、獏の小僧は倒れているし、水姫は行方不明だと大騒ぎじゃ。まぁ、私は心配する必要などないと言っていたのじゃがのう」

ニヤリ、と猫の顔で器用に笑ってみせた白尾さんは首を屋敷の中へ振ってみせる。

「ほれ。獏の小僧も丁度起きたようじゃ。まぁ、お楽しみの最中だというなら、何も言わないが…」

「今すぐ獏のところへ行ってきます!」





「にょほほ。小僧、睨むでないぞ。変な男に引っかからぬよう見張りを高淤加美の奴に言われておるんでな」

私がいなくなった後の庭で、白尾さんとリクオがしばらく睨みあいを続けていたという話を私は知らなかった。




「獏!大丈夫?」

獏にあてがわれた寝室に入れば、本当に丁度獏が体を起こしたところだった。

「水姫…?」

しばらくぼうっとしていたようだったが、すぐに思い出したのか目元を険しくする。

「あいつは…!兄貴はどこにいる!?」

首元の数珠がないことにも気が付いたようで、凄い剣幕の獏に私は静かに告げる。

「凌雲さんは帰ったよ」

「!?くそっ!今すぐ追いかけ…」

「獏」

獏の言葉を遮って、静かに…でも有無を言わせない口調で名前を呼べば、獏は口を閉ざして私を見る。

「ねぇ、獏。一つ、聞いても良い?」

私の問いに、獏は不審そうに眉をしかめる。

「…なんだ」

「獏にとって、私はなに?」

「は?」

思いもよらない問いだったのか、一瞬空白を置いてから獏が答える。

「俺の、主だ」

想像したとおりの答えに苦笑しながら、私は頷く。

「そうね。そして、貴方は私の家族だよ。白尾さんも、貴船にいる白馬や黒馬も。そして、皆が私の家族であるように獏も皆と家族なんだよ」

「…?何が、言いたい?」

不審そうな顔のままの獏に答えずに、私はたたみかけるように問う。

「あなたも、私達を家族だと心から思ってくれる?」

「水姫、」

「答えて」

何か言いたそうだったが、私は無理やりそれを封じ込める。

すると、諦めたように獏は溜息をついてから渋々と答える。

「みんなと言われても、困る。俺は、お前のいう貴船のみんなとはほとんど会ったことがないし、白尾とはまだ会ったばかりでそんな感情を持てと言われても無理だ」

「…」

「でも、水姫は…俺を拾ってくれたお前のことは…そうだな。家族、と言えるほどのものはあるのかも、しれない」

その答えに、私は笑った。

「十分だよ。ありがとう、獏。…それを忘れないで、今から私の話を聞いてくれるかしら?」

そうして、私は凌雲さんと話したことや、彼の想い、これからのことを全て話した。

話し終わった後、獏はしばらく一人にして欲しいと呟くように言ったので、私は部屋を出たが、そのまま獏のいる部屋の襖に寄りかかって朝を迎えた。

翌朝、襖が動いたのを感じて顔を上げると、驚いたように獏が見下ろしていた。


「眠れなかったみたいね。いつもより隈がひどいよ?」

笑って言うと、獏はがしがしと頭を掻いて横を向く。

「人のことは言えないだろう」

「ふふ、まあね」

お互い寝不足のひどい顔のまま縁側に腰を下ろした。



「正直、どうしたらいいのか…一晩考えてもよく分からなかった」

「うん」

重い口を開くように言った獏の言葉に、私は相槌をうつ。

「それに、数珠がなくなった今、水姫の神使でいる必要もなくなった」

「…そうだね」

感情を出さないように、再び私は相槌をうつ。

「でも…」

そこで、獏は言いよどむ。

「水姫がいなかったら、俺はずっと本当のことを知ることが出来なかった。自分の母親を守れなかった責任を兄貴に押し付け、恨んで生きていただろう。…今までそれが生きがいだったんだが、それが晴れてみると…どうしたらいいのか分からないんだ。…―なぁ、水姫」

「なに?」

「もう一度…、俺を…拾ってくれないか?」

驚いて獏を見ると、彼は耳をぺたりと伏せて不安げに俯いていた。

千年以上生きてるっていうのに、まるで迷子の子供だ。

私は、笑いをこらえながらも獏の頭をぐしゃぐしゃっと撫でまわした。


「もちろんだよ。これからも、よろしくね」


たくさんの出逢いと別れがつまった夏が、終わりを告げていた。





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