とあまりいつつ



「やっぱり、おかしいです」

全てを聞いて、私は呟いた。

「獏が凌雲さんを責めることも、凌雲さんが自分を責めることも。翠蓮さんはきっと、そんなこと望んでなかったはずです」

その言葉に、凌雲さんは軽く笑う。

「死者の想いを完全に汲み取ることなどできはしない。…だが、翠蓮ならば儂ら二人を叱ってくれるだろうな。兄弟喧嘩が長すぎる、と」

「確かに…400年は兄弟喧嘩にしては長すぎますね」

私も、少し笑って賛同する。

「私、翠蓮さんのことを知りませんけど、新しい獏の“家族”として言わせてもらいます。もういい加減仲直りしてください。獏とちゃんと話し合ってください。もちろん、獏にも言いますからね。今の話も含めて」

その言葉に、凌雲さんは複雑な顔をする。

「翠蓮の死のことは…あいつには言わない方が良い。大切な人を失くした怒りをあいつはどこにぶつければいい?その話を聞いたら儂を恨むことすら出来なくなる。…そして、儂と同じように自分自身を責めるだろう」

「もしかして…そのために、自分が翠蓮さんを殺したのだと獏に思わせていたのですか?」

驚いて聞けば、凌雲さんは黙ってしまったが、恐らくそれは肯定なのだろう。

本当に、この二人は…

「馬鹿ですか!」

「!?」

「馬鹿ですか、あなた達は!私も、自分のせいで大切な人を失いかけました。悔やむのは当然です。しかし、一体あなたはそれを何百年引きずるつもりですか!?それに、獏は真実を聞いて打ちのめされるほど軟じゃありません。翠蓮さんの死は、誇るべきものでしょう?自分の命と引き換えに獏と凌雲さんがいる組を守ったのです。母の愛というのは、そういうものなんですよ!たとえ、自分が死んでも…子供達が笑顔で生きられるなら…って。それなのに!400年もそれが原因で喧嘩とかほんとに馬鹿!」

息継ぎもせずに怒鳴ってから、私ははあはあ、と肩で息をする。

「いいですか!獏には全部話します!…そして、二人で前に進んでください」

最後にそう言って笑うと、凌雲さんは目を丸くしてから肩を震わせる。

「く、くっくっく。これは驚いた。翠蓮が御嬢さんに乗り移ったのかと思ったくらい、見事な怒りっぷりだ!」

「お、怒りっぷりって…!」

流石に、ちょっと怒りすぎただろうかと今更ながらに恥ずかしくなる。

「いや、お陰で目が覚めたようだ。今まで燻っていた靄が晴れたようだよ。謝謝、御嬢さん」

そう言って、柔らかく凌雲さんが笑んだ。
それはさっきみたいな自嘲じみた笑い方ではなく、本当に綺麗な笑みだった。

「儂はこれから白澤になる儀式をする。そして、今度こそ饕餮を眠らせて、この因縁にケリをつけよう。そしたら、きちんと話をしに会いに行くと、愚弟に伝えてくれないか」

「え?白澤になるって…、でも夢は足りないはずじゃ…」

確か、その数珠の最後の一つ。闇の頂点に立つ者の夢を見届けて初めて完成するはず。
だからこそ、獏は私の神使になったのだ。

「いいや。揃ってる。最後の一つは私が白澤となりこの大陸の頂点に立つこと。すでに大陸は平定した。私自身が自分の夢を見届けた。そもそも、この数珠の最後の夢というのは決まっていてね。白澤になる夢が最後の夢なのだよ。999個の夢を集めたとき、白澤の儀式をすれば最後の夢が集まり、数珠は力を与えてくれる」

「でも、獏は託宣を受けてわざわざ日本まで来たんじゃ…」

その言葉には、凌雲さんも首を傾げたが、肩をすくめてこう言った。

「全ては今の時のための託宣だったのかもしれないね。幼雲が君と出会い、私が白澤となるための。君に今怒られなければ、私は白澤の儀式に耐えられなかったかもしれない。託宣では、誰が白澤になるとは言っていなかったのだろう?」

それに、確かに…と頷こうとして、はたと凌雲さんを見つめる。

「白澤の儀式に耐える…?それって、どういう…」

言いかけた私の言葉を遮って、凌雲さんが手をかざすと突然大きな扉が現れた。

「再見、御嬢さん。全てが終わったらまた君に会いに行くよ。…それから愚弟に伝言を。お前は足手まといだからこちらには来なくていい。大切な主をしっかり見守ってろと伝えておくれ」

「ちょっ、待って…!」

慌てて凌雲さんに手を伸ばそうとするが、私はあっという間に強い力で扉に吸い込まれてしまったのだった。





「どうでしたか?」

扉を抜けて、落ちる感覚があったのだが、それが不意に止まって声が聞こえた。

「窮奇さん…」

いつの間にか、そこは空の上で、再び私は窮奇さんに抱えられていた。

「…全部、話してくれました。けど、今から白澤の儀式をするって…」

私の言葉に、窮奇さんはなるほど、と呟いた。

「ようやく決心できましたか。貴女を連れて行った甲斐があったというものです」

「え?どういうことですか?」

窮奇さんの言っている意味がよく分からなくて、聞いてみれば再び空を物凄い速さで飛びながら窮奇さんが答えてくれる。

「凌雲老師は、白澤の儀式を行うのに乗り気ではありませんでした。言っておきますが、理由は知りません。しかし、あの儀式は半端な気持ちでは耐えられないと聞いています。このままだと凌雲老師は白澤になれず、目覚めた饕餮に組は滅ぼされるでしょう。何かきっかけがあればいいと思い、貴女を連れて行ってみたのですが…」

大当たりですね、と言う窮奇さんにいろいろと突っ込みたいことがあったのだが、彼はそれ以上口を開くつもりはないらしく黙ったまま私達は空を翔けたのだった。


「そういえば」

奴良組まで戻ってきてから、窮奇さんがようやく口を開いた。

「今までご自分がどこにいたのか知っていますか?」

問われて、私は首を横に振る。

そんな私に、窮奇さんは最後にふっと笑みを見せた。


「大陸の崑崙山ですよ。小さな倭の神よ」





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