とあまりみっつ
結局、止めることも出来ずに窮奇さんを見送ってから私はあたりを見回す。
ここはどこなのだろう。
どこか、神地にも似たような空気を感じるが…。
そんなことを考えながら一歩足を踏み出した時、ざあっと風が吹いて一面の草が揺れた。
「おや?そこにいるのは夜護ちゃんじゃないか」
それがおさまるのと同時に背後から聞こえてきた声に、私はゆっくりと振り向く。
「凌雲さん」
「どうやってここに?」
私を見ながら首を傾げた凌雲さんはすぐに渋い顔をする。
「ああ、窮奇だな。またあいつは勝手に余計な真似をしおって」
ため息をついた凌雲さんはまた私に視線を戻す。
「さて。次の質問だ。御嬢さんは何故ここに?」
何の音もしない静かな丘に、凌雲さんの声が響く。
「あなたを、追ってきました」
「何故」
「私には…事情もよく分かっていませんが、獏と凌雲さんが何かすれ違っているように感じたのです。いや、凌雲さんは全て分かっている。その上で、何故か…獏が自分を恨むようにしているのではないですか?」
私が感じた違和感を全て彼に思ったままぶつけてみると、凌雲さんは一瞬目を丸くしてからくつくつと押し殺したように笑いをもらした。
「おやおや。こんなにお若い神様の方が千年以上生きている愚弟より人の心のことを分かっているとは。おかしなことだ」
「じゃあ…!」
やはり、二人の間には誤解があるのかと確かめようとしたとき。
「しかし、それを知ってどうするつもりかな?真実とは時に残酷なもの。知らぬ方が良いこともある。…それでも、御嬢さんは真実を求めるのか?」
「…っ、!」
真っ直ぐ私に向けられた凌雲さんの瞳は、今まで私が見たことのないものだった。
とても静かで、それでいて強い意志が込められている、思わず畏怖してしまうような瞳だった。
それでも。
「獏は、私の家族だから。…獏が、貴方を恨む姿はとても悲しくて見ていられないんです。だから、私は本当のことを知りたい」
言い切った私を、凌雲さんは切なげに顔を歪ませた。
「家族、か。…辛い言葉だな。儂にとっても、あいつにとっても」
「え?」
「しかし、あいつのことを家族だと言ってくれる貴女に出会えたのも、ここまで貴女が追ってきたのも何かの縁か。そろそろ、前に進むべきなのかもしれんな」
そう言って、ようやく凌雲さんは静かに話を聞かせてくれたのだった。
今から千年以上昔、大陸には多くの魑魅魍魎が跋扈していた。
広い大陸では様々な派閥が存在していたが、その中でも四凶を従えた初代白澤の百鬼夜行は勢いが強く、大陸全土の妖を平定してしまいそうなものだった。
しかし、とある北の遠征にて初代白澤は大きな傷を負ってしまい、その時彼は老いを知った。
そして、その事実は彼をとある不安に駆りたてることとなる。
後継者をつくらねば。
強い、より強い後継者を。
そうして、強力な妖との間に出来た子は99人。
産まれたときから戦うことを義務付けられた子供達は、初代白澤の思惑通り、生き残るために常に己の腕を磨き、上に立つ者としての気迫を身につけた。
しかし、その中で最後の一人だけは例外だった。
強い妖との子を望んでいたはずの初代白澤が最後に成した子供は、か弱い人間との間に出来たものだったのだ。
「父が人との間に子を?」
初めて聞いたときは信じられなかったが、同時に興味も沸いた。
次期白澤としての有力候補と祭り上げられ、兄弟からは命を狙われる日々に辟易していた凌雲にとって、純粋に興味を抱ける出来事すら珍しいことだったのだ。
父との間に子をもうけた人の女とはどんな奴だろうか、とさっそく向かった凌雲を待っていたのは、美しくも豪快な女道士…翠蓮との出会いだった。
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