とお



「さて。どこから話すか。御嬢さんは饕餮という存在を知っているかな?」

問われて、曖昧に私は首を縦に振る。

「昔、母から大陸のことを教わった時に少しだけ聞いたことが…。確か、“四凶”の一つと」

確か、四凶とは、中国にいる4柱の悪神のことだ。

「そう。渾沌(コントン)、橈兀(トウコツ)、窮奇(キュウキ)、それから饕餮。その4柱を支柱にして、儂が大陸の魑魅魍魎を支配している」

窮奇…。

窮奇って、今凌雲さんと一緒にこっちに来てる窮奇さんのこと、だよな…。

「それにしても、私は四凶とは神だと聞いたのですが…、彼らは魑魅魍魎の類に入るのですか?」

「それは世界観の相違じゃないかな、御嬢さん。神でも、妖でも、人ならざる存在の境界なんて大陸ではあやふやなものだよ。もっと言うなら、人と神の境界だって曖昧なのだ。そして、儂自身、神獣とも呼ばれる身で魑魅魍魎を治めているのだからね」

「神獣…」

確かに、凌雲さんからは妖気だけでなく神気も感じられる。
獏もそうなのだが、あまり気にしたことはなかった。


「まぁ、その話は置いておこう。問題は四凶の一柱、饕餮のこと。簡単に言ってしまえば“彼女”は初代白澤の正妻だ」

「え、正妻…?女性…?」

想像していたのはもっと…こう、悪神と言われるくらいだから乱暴者の獣じみたものだったから思わず驚く。

「そう。饕餮とは、『貪り食うもの』。その名の通り、遥か昔、天も地上も全て食い荒らそうとしていた饕餮に、我が父は自分の気を喰わせることで平和をもたらした。白澤の気は膨大なものでね。そして、それをすっかり気に入った饕餮は我が父から気を貪るためひと時も離れることはなかった。正妻とされたのがいつかは知らないが、饕餮は父を愛していたのだろう」


「饕餮は…?初代白澤は饕餮のことを愛していなかったんですか?」

言葉が引っかかって聞けば、凌雲さんは肩をすくめる。

「さぁ。今となっては確かめる術はないが、先刻も言った通り、我が父は88の妾を持ち、99の子供を授かった。…その中に、饕餮の子供はおらぬ」

「…」

「まぁ、しかし、そのことに関して饕餮は何も言わなかった。もともと大陸ではより多くの妾と子供を持つことは必要なことだったからな。特に白澤の血を絶やさないためには。父も特別誰かに肩入れしている様子もなかったのだし、饕餮は正妻という身分に満足していたのだろう。…だが」

凌雲さんが、ちらりと獏を見遣る。

「88番目の妾は今までと違った。その女は人間で、父が初めて本気で愛した存在だったのだよ」

「っ!」

それは獏の母親のこと、だろうか。
獏は半妖だと言っていた。
間違いないだろう。


「妾がどんなにいても気にしなかった饕餮だが…父が人間に夢中になり、とうとう気と愛に飢えた饕餮は怒り狂った。それが、四百年前のことだ」




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