ななつ
獏が半妖。
それは、獏のことを根本的に知らなかったということだ。
それはショックだ。
確かにショックではある。
しかし…
「…、私にとって獏が半妖だからって何の問題もないし、可笑しなことでもありません。彼は立派に私の神使を務めてくれています」
表情を窺えない獏だが、その肩が震えているのは分かった。
いつも顔をしかめながらも私を助けてくれる獏が、苦しい思いをしているというならば、私は凌雲さんを許すことはできない。
そんな決意で凌雲さんを見据えると、彼は少し意外そうに片眉を上げた。
「ほう。ずいぶんと気に入られているようだな、幼雲。それともこの御嬢さんがよっぽど出来た神様なのか。…まぁ、しかしどちらにせよ、儂が言いたいのはこの愚弟がなりそこないだということだよ」
「なり、そこない…?」
「そう。白澤というのは、大陸で魑魅魍魎を束ねる唯一無二の存在。しかし、父は純粋な白澤の子を持つことが出来ない」
何故かわかるかい?と凌雲さんが首を傾げてみせる。
「なぜならば、白澤とはこの世に一匹しか存在しないものだからだ。そして幾万の年月を経て、偉大なる我が父、初代白澤にも老いは訪れた。だが、自分の血を半分だけしか継いでいない我が子達に自分の跡目を継がせてよいのか、父は悩んだ。そして、悩んだ結果、ある決断をする」
凌雲さんは人差し指をぴんと立ててみせる。
「様々な妖に産ませた我が子達を争わせて、その中で勝ち残った者に自分の跡を継がせようと、ね。儂は父の3番目の子。母は崑崙門の番人をしていた開明獣という偉大な妖だ。そして、幼雲は父が戯れで人と交わって出来た99番目の末弟なのだよ」
「99…!?」
思わず驚きで声を上げる。
なんだ、その数…!
その数で、闘いあったと言うのだろうか、白澤の座をかけて…。
「そう。99の妖がそれぞれの畏をぶつけた結果、儂が勝ち残った。敗れ去った妖の中で生き残った者は白澤のなりそこない…“獏”と呼ばれるようになったのだよ。もちろん、その名は恥辱でしかない。生き残った妖達は皆、白澤の子であるということを隠して、己の母の妖名を名乗って生きている」
「…どうかしている…」
兄弟を殺し合わせたのか。
兄弟と殺しあうために獏たちは生まれたのか。
「ふふ。理解できないかな?しかし、このような島国とは違い、大陸にはそれこそ数えきれないほどの妖が存在し、お互い競り合っている。強者でないと生き残れないのだ。自分も。守りたいものも、ね」
そう言って、凌雲さんは相変わらず地に膝をついてうなだれている獏をちらりと見やる。
「そこの愚弟が、まだ獏を名乗っていたとは。道理で幼雲の氣を纏っているキミに聞いても分からなかったはずだ。…さて、ここからが本題だよ」
ぱんっと両手を打ち合わせて凌雲さんは再びにっこりと人のよさそうな笑みを浮かべた。
「幼雲。お前に神使の資格などないよ。大陸に戻り、儂の百鬼夜行に入れ」
「なっ!!」
突然すぎる言葉に、私は声をあげ、獏も顔を上げる。
「…どういうことだ」
低くしゃがれた声に、凌雲は感情を込めずに答えた。
「なぜ、儂がわざわざお前を探しにここまで来たと思う。…いよいよ饕餮(トウテツ)が目覚めたぞ」
私には、何も分からなかった。
だけど、その言葉だけでその場の気温が急激に下がったことだけは感じることが出来たのだった。
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