いつつ


「幼…雲?」

大陸、という言葉からてっきり獏のことかと思っていた私に尋ねられたのは聞いたことのない名前だった。

もしや…人違い?

一寸、この人の弟という人物とすれ違って“氣”というものが私についてしまっただけなのでは?

そもそも“氣”というものが私には理解できなかったから、それだけで私がこの人の弟と知り合いだと断言できるところも怪しいと思っていた。

…まぁ、確かに詳しい個人情報は読み取ることはできるみたいだけど。

っていうか…

「幼雲さんって人は知らないですけど…。凌雲さんは大陸の魑魅魍魎の主、なんですよね?…まさか、こっちに侵略しにきたとか…」

一番気にかかっていたことを思わず口にする。

だって、中国の百鬼夜行の主が弟のためだけに海を渡ってくるだろうか。
国内だけでもこんなに大変な時期だというのに、海外からの敵なんてきたら…奴良組が大変なことになるじゃないか。

知らない名前の人のことよりも、すでに私はこっちのことのほうに気を取られて全く気が付かなかった。

この人が自分を“白澤”と呼んでいたことに。


そんな私の答えに、凌雲さんは少し眉をしかめる。

「侵略?可笑しなことを思いつくものだね。そんなことをする必要がどこにあるというのか。自分の百鬼でさえ養うのに手一杯だというのに、こんな明るい国の者の面倒まで見てられないよ」

全く、異形のものには棲み辛い世の中になったもんだ。と愚痴をこぼす凌雲さんに思わず私は吹き出す。


「そう、ですよね。ふふ、すいません。ちょっと最近争いごとがあって…。疑ってしまったお詫びに、その弟さん探しを手伝いましょうか?」

一番の心配事の種がなくなり、少し気持ちが軽くなって凌雲さんにそう言えば、また彼はにっこりと笑んだ。

「なに。いいさ。時間なんてものは腐るほどあるからね。ゆっくり探すとしよう。…それよりも、この国の氣が乱れていることが少し気にかかるね。夜護ちゃんの言っていた争いごとっていうのが関係してるのかな?」

聞かれて、私は言うかどうか少し迷った。

まぁ、しかし。本人も言った通り敵意があるようには全く思えなかったから頷いて、少し話す。

「妖怪の組争いで…。さっき、公園にいたのがここの組の三代目で、私もともに戦ったんです。凌雲さんが現れたのがその直後だったので、てっきり敵襲かと思ってしまって」

深くは語らずに話せば、凌雲さんもそれ以上探ってこようとはせずにああ、と頷く。

「そうか。彼はここの主だったか。それはすまないことをしたな。…どれ。せっかく来たのだし、この地の主に挨拶も兼ねて詫びをしに行くとするか。彼の大事な御嬢さんを攫ってしまったみたいだからね」

そう言った彼の顔は、少しも悪びれていない相変わらずの涼しげな笑顔だった。







「凌雲老師。待ちくたびれました」

凌雲さんを連れて、奴良組の門を叩けば、出てきたのは窮奇と呼ばれていた大柄な男の人だった。

「おや。なんだ。この地の主はこいつを斬ってくれなんだか」

残念そうに溜息をついた凌雲さんに対して手をあげたのは、そんな可哀想なことを言われた窮奇さんではなく、その後ろから気配もなく飛び出してきたリクオだった。

いや、手をあげる、という表現は間違っているかな。
正確には蹴りを入れようとしていたみたいだから。

「てめぇ…、よくものこのこ来れたもんだなぁ?」

「おやおや。まだ手を出してないのにこんなに怒られるなんて久しぶりだ」

手にドスを持って、リクオの蹴りをかわした凌雲さんににじり寄る。

「ちょ、ちょっとリクオ。この人、別に敵じゃないみたいだし、あんた大怪我負ってるんだから喧嘩しないの」

慌てて間に入れば、リクオは不機嫌そうに私を見下ろす。

「…、」

何か言いかけようとしたのか口を開いたリクオだったが、結局彼は何も言わずに口を閉じてくるりと背を向けてしまった。

「…窮奇から大体の事情はきいている。入れ」

そう凌雲さんに言い残して、リクオはさっさと屋敷の中に入ってしまう。

その背中が、何か自分を拒絶している気がして、私はリクオを引き留めることが出来なかった。

「…そんなに、怒るようなことはしてないじゃない」

困ってこぼせば、隣で顎をさすりながら凌雲さんが笑う。

「いやあ、この地の主は若いねぇ。全く」

「凌雲老師。馬鹿なことを言っていないで早く挨拶に行ってください。私が誤解を解くのにどれだけ苦労したと思っているのですか」

淡々と急かす窮奇さんの顔が若干疲れて見えるのは気のせいではないはずだ。

「大丈夫ですか?窮奇、さん…?」

つい声をかければ、感情を窺わせない瞳が私を射抜く。

「…いつものことです。それよりも、貴女の神使が貴女を探していると伝えるようこの屋敷の者から頼まれました。連絡を入れた方が良いでしょう」


そう言って、窮奇さんも凌雲さんを引きずって門をくぐっていった。


「そっか…、白尾さん達にも心配をかけちゃったのか」

とりあえず、窮奇さんの言葉に従って私は水鳥を二人に向けて飛ばしたのだった。




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