よっつ



「でね、儂の弟がこっそり儂の後をつけてきてるの知ってたから、わざと暗くて見えない肥溜めの上を歩いたような幻を見せたらすっかり騙されて幻についていって見事肥溜めにはまってねぇ」

「はあ…」

あれは可笑しかったなぁ、とくつくつと笑いながらシェーキを飲む目の前の男の話に、私は呆れながらとりあえず相槌をうつ。

リクオを制して、わざと男についていってみれば到着したのは夜も明るい街中の24時間営業のミッケドナルド。

本気でお茶だった。

しかも、この男。人当たりのよさそうな顔で話すことは自分の弟のことばかり。

本気で何者なんだ。

とりあえず、明るいところでもう一度じっくりと相手のことを観察する。

涼やかな目元に爽やかな笑顔。
まずイケメンで間違いない。

変わっているといえば、その髪と恰好。

長い髪を三つ編みで垂らしているが、目を引くのはその髪が鮮やかな赤色だということ。
そして、袖と裾の長い…異国風の着物。

なんだか、この意味の分からない展開に微妙に既視感があるのは気のせいだろうか。

じろじろと無遠慮に男を眺めていると、男がにこりと笑む。

「ああ、すまないね。こんな可愛らしい御嬢さんの前だというのに、我が愚弟の話ばかりしてしまったよ。…それで、儂から何を聞きたいのかな、小さな神様」

「っ!」

思わず目を見開くが、相変わらずのにこやかな笑みを崩さない男。

「なんで、私が神だと…?」

聞けば、男は顔の前で組んでいた手をほぐす。

「ただの御嬢さんではないとは感じていたからね。勝手に悪いとは思ったんだけど…“視させて”もらったよ」

どういうこと、と声に出そうとした私に、男は両の掌を私に裏返して見せた。

一瞬、警戒した私の瞳に映ったのは…

「目…?」

掌にあったのは目のような赤い紋様。

ただの模様でないのは、その目がまたたきをしていることから容易に分かった。

「これは“瞳掌”といってね。右手で此岸を視て、左手で彼岸を視る。妖、物の怪ならば左手で事足りるのだけど神仙は両岸の者ゆえ、両手で視るのだよ」

「…意味が分かりません」

きっぱりと呟いた私に、男は苦笑する。

「まぁ、簡潔に言えば儂は掌から氣を読むことができてね。氣というのは全ての存在に付随していて、その氣から相手の情報を読み取る。…御嬢さんは水神で、齢は十三と二カ月。号は…夜護淤加美神。あっているかな?」

「…貴方は、何者ですか?」

顔を引きつらせながら問うと、男はシェーキをもう一口飲んで答える。

「字は凌雲。号は白澤。大陸の魑魅魍魎の主として崑崙にいたが、久しく見ていない愚弟に会うため、倭国へとやってきた。弟の氣を探ってきてみれば、この街で分からなくなってしまってね」

それは極めて異常な事態なんだがね。と、男…凌雲さんは呟く。

「そんなとき、ふつりと消えていた愚弟の氣を感じたと思ったら…夜護ちゃん。キミがいたんだよ。さて、今度は儂が尋ねる番だ」

凌雲さんが笑みをたたえていた瞳をすっと細める。

「キミは、我が愚弟…幼雲とどういった関係なのかな?」



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