みっつ



「おやおや。可愛らしい女子を泣かせるなど、悪い男がおるもんだ」


「「!?」」

突然聞こえた声に、私達は驚いて振り向く。

「…誰だ」

低くなる黒羽丸の声に、声の主は笑う。

「男なんぞに名乗る必要もなかろう。それより、そちらの御嬢さん」

呆気にとられたままの私に、その声の主はすたすたと歩いてきて

「一緒にお茶でもいかがかな?儂がその涙を拭いてあげよう」

いつの間にか、にっこりと笑った彼に手を取られていた。



「!水姫から手を離せ!」

黒羽丸が錫杖を鳴らして戦闘態勢にはいると、男は肩をすくめた。

「鴉風情が偉そうに。儂とやり合うなど海の針を掬うが如し。考え自体無駄なもの」

そう言って黒羽丸に向かって男がすうっと手のひらを向けた瞬間。

―ゾクッ

「ちょ、ちょっと待って!」

言い知れない畏れを感じて、思わず握られていた男の手を引っ張って黒羽丸から注意を背けさせる。

「おや、御嬢さん。心配ないよ。貴女を泣かせたあの男は塵も残さず消してしまうから」

そんな私に、何を勘違いしたのか男はにこりと笑む。

「な、なに?私にはあなたが何を言ってるのか全っ然理解できないけど!」

何が起こっているのか、とりあえず理解が追いつかない。
誰なんだ、この男は…!

そんなやり取りをしている隙に、黒羽丸が男に向かって錫杖を振り上げた瞬間。

ゴツ、と鈍い音がして黒羽丸がよろけて倒れた。

「くろっ…!」

驚いて名前を呼ぼうと思えば、黒羽丸の後ろから現れた大きな影。

「凌雲老師。早速どこへ消えたかと思えば、やはり女子のもとでしたか」

「窮奇か。お前を呼んだ覚えがないのだがな」

「凌雲老師をお一人で行動させると良いことはないと千年以上前から心得ておりますので」

暗くて、私の手を掴んでる男の顔も今現れた男の姿もはっきりと見えない。
ただ分かるのは、彼らが人間ではないこと。
しかし、妖怪の類だとしても浮世絵町では全く見覚えがない。

早速、奴良組への新しい脅威だろうか。

ならば、はやく黒羽丸を助けてこの場を離れなければ…!

そう考えて、逃げる隙を窺い見ていたときだった。


「おい。誰だ、おめぇら。俺のシマであまり好き勝手してんじゃねえよ」


窮奇、と呼ばれた男の首筋に刃を当てた赤い瞳が見えた。





「まず、そこのふざけた野郎。その女から手を離せ」

「リクオ…!」

また、どうしてこうタイミングのいい時に…いや、悪い時、かもしれない。

全く彼らの実力が分からない以上、リクオには現れて欲しくなかった。

それに、まだ京都での戦いの傷も癒えてないだろう。




「老師。いかがいたしましょう」

首筋に刃を突きつけられていると言うのに平然として男が口を開く。

それに、私の手を掴んでいる男もなんてことのないように笑った。

「ちょうどいい。首を刎ねてもらえ。面倒くさい奴がいなくなって儂も自由に動ける」

…会話がおかしい。

しかも、この余裕ぶり。あわせてさっきの畏れも考えれば、やはりここでリクオが出てきたのはあまり得策ではない。

そう考えて、私はリクオに向けて首を振った。

「リクオ、黒羽丸を。あとで、私も本家に行くから」

その言葉に、リクオの目がさらに鋭くなる。

「ふざけるな」

まぁ、そう言われるとは思っていたけど…。何となくそれが嬉しく感じるのは気のせいだと思うことにして、私は少し語気を強くして言い聞かせるように再び口を開く。

「リクオ。あなたのその命、私と一蓮托生なのを忘れないで」

「…それは、」

リクオの胸に宿った竜玉のことを仄めかせば、リクオの瞳が揺れる。

「んー。事情はよく分からないが、御嬢さん。あんな野蛮そうな男達は置いていこうか」

相変わらず、こっちの男は何を考えているのか分からない。
とにかく一人でもここから引き離すことが出来れば上出来だろう。

私は薄く笑って頷いた。

「あなたが後悔しないなら、どうぞ」




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